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ロイヤルズ旋風とGMの手腕。
~ワイルドカードからのリーグ優勝~ 

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芝山幹郎

芝山幹郎Mikio Shibayama

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photograph byGetty Images

posted2014/10/18 10:40

ロイヤルズ旋風とGMの手腕。~ワイルドカードからのリーグ優勝~<Number Web> photograph by Getty Images

オリオールズを破りワールドシリーズ進出を決めたロイヤルズの青木宣親。最終戦でも「2番・右翼」でスタメン出場し、チーム2点目のホームを踏んだ。

 敢闘賞候補かと思っていたら、たちまち殊勲賞候補に名乗りを挙げ、いまや優勝候補にさえ躍り出てきた。なんなのだ、これは。

 2014年ポストシーズンのロイヤルズを見ていると、ついこんなつぶやきが漏れてしまう。われながらはしたない態度と思うが、ここまで勝ち進むと予想した人は少なかったのではないか。

 きっかけはやはり、ワイルドカードの一発勝負でアスレティックスを9-8(延長12回)で撃破したことだろう。ここで勢いに乗って、ALDSでは優勝候補のエンジェルスを3タテ。そのあとのALCSでも、本塁打最多を誇るオリオールズを相手に4戦4勝。1985年のワールドシリーズ制覇が1勝3敗からの逆転劇だったので、そこから起算すると、ポストシーズンで通算11連勝というとんでもない数字が出現する。そもそも、ポストシーズン進出が29年ぶりの出来事だったのだから、これはやはり「嵐を呼ぶロイヤルズ」とでも呼ぶほかない。

ロイヤルズが強かった17年間。

 ロイヤルズの球団創設は1969年のことだ。老舗球団ではない。その年のエクスパンション(リーグ拡張)で、ナ・リーグにはパドレスとエクスポズ(現在のナショナルズ)が誕生し、ア・リーグにはパイロッツ(現在のブルワーズ)とロイヤルズが生まれた。アスレティックスがカンザスシティを去ってオークランドへ本拠地を移転したのが'68年のことだから、ちょうどよいタイミングだった。

 新興球団の常で、ロイヤルズが強くなるにはしばらく時間がかかった。お、と思わせたのは'75年。シーズン途中から名将ホワイティ・ハーゾグが指揮を執ったこともあって91勝71敗の好成績をあげ、ア・リーグ西地区の2位でシーズンを終えたのだ。

 この年から'91年までのロイヤルズは、なかなか強かった。ハーゾグ→ジム・フライ→ディック・ハウザーと指揮官に恵まれたこともあるが、17年間で負け越したシーズンは4回だけ。それも、勝率5割をやや下回る程度の負け越しで、'85年にはワールドシリーズ制覇も果たした。これはよく知られている。

【次ページ】 '70年代のロイヤルズも、スモールベースボールだった。

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