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ライバルからも愛された女王・李娜が残したもの。
~アジアの開拓者、ラケットを置く~ 

text by

秋山英宏

秋山英宏Hidehiro Akiyama

PROFILE

photograph byHiromasa Mano

posted2014/10/08 10:00

今年1月の全豪で3年ぶりに四大大会制覇。31歳11カ月での優勝は全豪史上最年長だった。

今年1月の全豪で3年ぶりに四大大会制覇。31歳11カ月での優勝は全豪史上最年長だった。

 '11年全仏で、アジア選手で初めて四大大会女子シングルスを制した李娜(中国)が突然ラケットを置いた。両ひざのケガで7月からツアーを離れていたが、9月19日、正式に引退を表明した。

「なんとか100%の状態に戻したかったのですが、32歳の体はもう一度トップレベルで戦うのは難しいことを告げていました。今年、全豪で再び四大大会のタイトルをつかみ、ランキングも2位になって、望ましい形で退くことができました。難しい決断でしたが、今は穏やかな気持ちです。後悔はありません」

 この引退声明を受け、選手仲間はインタビューやSNSで惜別の言葉を述べた。10代の若手から女王セリーナ・ウィリアムズ、クリス・エバートのようなレジェンドまで、驚くほど多くの選手が彼女の功績を称え、別れを悲しんでいる。ウィンブルドン優勝のペトラ・クビトバは「彼女の笑顔を見ること、笑い声を聞くことができないのはさみしい」と書いた。元世界ランク1位のアナ・イバノビッチは「悲しい、悲しい知らせでした。彼女がツアーにいてよかった」と述べた。

茶目っ気と機知、そして中国協会と戦った反骨精神。

 愉快な人だった、という声も多い。コート上でのインタビューや記者会見では決まって爆笑が起きた。元コーチである夫の“内助の功”について話す時は、夫婦漫才を一人で演じているようだった。全豪の優勝スピーチでは、観客席の代理人に「私をお金持ちにしてくれてありがとうね」。その茶目っ気と機知に富んだ受け答えは言葉の壁を跳び越えた。

 笑顔の裏に反骨の一面もあった。'02年夏から約2年間テニス界を離れた理由は大学進学としているが、中国協会の体制に嫌気がさしたためとも見られている。復帰後の大躍進で、同協会の管理を脱し、自分の意志で競技活動を行う自由を勝ち取った。その後、「テニスをするのは、国のためでもあるが、多くは自分のため」という発言もあったと伝えられている。

 一方で、その活躍は中国に巨大なテニス市場を作り出した。女子ツアーは中国マネーに注目、彼女の故郷、武漢で大会が新設されるなど公式戦も増えた。錦織圭は「これからは自分がアジアの顔にならなければ」と発言したという。全米準優勝は立派な功績だが、影響力とキャラクターの濃さでは、あの域に達するには相当の頑張りが必要だろう。

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