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40人の作家による、
五輪の幸せ溢れる一冊。
~文豪が見た『東京オリンピック』~ 

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馬立勝

馬立勝Masaru Madate

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posted2014/04/08 16:30

40人の作家による、五輪の幸せ溢れる一冊。~文豪が見た『東京オリンピック』~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『東京オリンピック』講談社編 講談社文芸文庫 1600円+税

 半世紀前、1964年の東京オリンピックを当時の作家たちはどう見たのか。その観戦記、観察ルポ、感想記、批評など、作家たちが新聞、雑誌に書いた様々な文章のコレクションだ。当時文壇と作家は、文学とは無縁の一般の人たちにも何となく尊ばれていた。それで、新聞も雑誌もスポーツ記者の職人技で書かれる記事で埋まるページに作家の文章を添えて、文学的、文化的な彩を加えようとしたのだろう。

 動員された作家は実に40人。どれも個性的で面白いが、スポーツ・ライティングに限れば、三島由紀夫が質量共に群を抜く。全作家中最多の11本、ボクシングに水泳に陸上にと走り回り美しい文章を綴った。

「何という静かな、おそろしいサスペンス劇だろう」という重量挙げの観戦記の書き出し。個人的な思い出になるけれど、五輪期間中は通信社のアルバイトをしていた。三島のこの文章に、先輩スポーツ記者たちが「字にしにくい重量挙げをこう書くか……」とうなっていたものだ。

「そのときどれだけ完璧に、さわやかに遊べるか」

 レスリングの激しく、パワーあふれる過酷な練習を巧みに描写した後、「オリンピックに勝つということは、苦しさの極致に生れる遊びなのだろう。そのときどれだけ完璧に、さわやかに遊べるかが、勝敗の分れ目なのだろう」と続ける批評眼。ソチ冬季五輪のメダリストたちの顔を思い浮かべれば、まさに時を越えた適評というしかない。

 女子100m背泳ぎで4位に敗れた田中聡子が一人レース後のクールダウンの泳ぎをする姿を「のびやかに泳ぎだした。コースの半ばまで泳いで行った。その孤独な姿は、ある意味ですばらしくぜいたくに見えた。全力を尽くしたのちに、一万余の観衆の目の前で、こんなにしみじみと、こんなに心ゆくまで描いてみせる彼女の孤独」と書いているのを読む読者は、新聞に溢れたソチの敗戦メロドラマとの違いに溜息をもらすかもしれない。

 あの東京五輪は、商業主義に侵略される前の最後の大会、とされる。五輪が幸せだった時代の明るさ溢れる文集。高橋源一郎の解説が辛辣でユーモラス、さすがの批評眼で秀逸だ。

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