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スキージャンプの“鉄人”
岡部孝信が笑顔の引退会見。
~長野五輪・団体金の立役者~ 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

PROFILE

photograph byNIKKAN SPORTS

posted2014/04/07 16:30

スキージャンプの“鉄人”岡部孝信が笑顔の引退会見。~長野五輪・団体金の立役者~<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

勇退する斉藤監督(中央)。岡部(左)は、新監督に就任する原田雅彦(右)とタッグを組む。

 43歳の今なお第一線にいた鉄人が、ついに退くことになった。スキー・ジャンプの岡部孝信である。

 その名を広く知らしめたのは、1998年の長野五輪団体だった。1番手を務めると、2本目に137mのバッケンレコードをマークするなど金メダルに大きな役割を果たした。実績は長野にとどまらない。世界選手権では'95年にノーマルヒルで優勝したほか、'09年のリベレツ大会団体銅メダルを含め計5つのメダルを獲得した。同年のワールドカップでは38歳4カ月で優勝。今シーズン、葛西紀明に塗り替えられたが、当時の最年長優勝記録を大幅に更新するものであった。

 経歴から息の長い競技生活が浮き彫りになるが、岡部の真骨頂は何度も低迷しては這い上がってきたことにある。長野五輪後、「146%ルール」でより短い板しか使えなくなると苦しんだ。'01年にはワールドカップ遠征メンバーから外れ、翌年のソルトレイクシティ五輪代表にも選ばれなかった。

 当時31歳、引退を考えても不思議はない。だが、時間をかけてフォームを変えるなどして'05年、ワールドカップのメンバーに選ばれると翌年のトリノ五輪に出場。海外では「ミラクル」と賞賛された。その後、再び代表から外れる時期があったが、やはりフォームを作り直して'09年に代表復帰、バンクーバー五輪代表入りも果たした。

「ここまで、最高の人生としか言いようがない」

 30歳を過ぎて、根本から技術を見直すのは至難のことだったはずだ。それを可能にしたのは、いつだったか、岡部が語った「自分はもう駄目だと思ったことはまったくない」という言葉に表れているかもしれない。

 今シーズンもシーズン途中からワールドカップ代表になり、大会直前までオリンピック代表候補に名を連ねるなど、衰えを感じさせない活躍を見せてきた。だが、3月9日の国内の大会のあと、所属先である雪印メグミルクの斉藤浩哉監督からコーチ就任を打診され、引退を決意したと言う。

「(選手を)続けるのは可能だけど、今は後輩の指導に気持ちは向いています」

 そして競技人生をこう振り返った。

「ここまで、最高の人生としか言いようがない」

 悔いなど一切感じさせない、やり尽したからこその、言葉である。

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