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宮沢賢治、夏目漱石……、
野球を語る美しき言葉。
~『日本の名随筆 別巻73 野球』~ 

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馬立勝

馬立勝Masaru Madate

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posted2013/10/16 06:00

宮沢賢治、夏目漱石……、野球を語る美しき言葉。~『日本の名随筆 別巻73 野球』~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『日本の名随筆 別巻73 野球』 平出隆編 作品社 1800円+税(1997年刊)

 アンソロジーの編集は難しい、と想像する。定めたテーマで多くの作者の文章を集めるが、スター選手ばかりのオールスター戦に似て、顔見せで終わり、試合=文章の印象が弱くなる。そうさせないのが監督=編者の腕だ。野球の文章を探索し、吟味し、打順を決め、采配をふるうのは詩人で草野球チーム、ファウルズ監督兼三塁手の平出隆。『ベースボールの詩学』など、野球好きを唸らせた本の著者だから、最適任者だった。

 いきなり宮沢賢治だ。5行詩、エラーの一瞬を詠っている。野球の俳句や随筆で知られる正岡子規が続き、夏目漱石の早稲田対一高の試合観戦記には驚いた。子規の親友だから、野球を書いても不思議ではないけれど、こんな文章があるのは知らなかった。漱石は、試合に敗れてへたり込む一高選手に目を向けて、「粛然として一語を発するものがなかつた」と書く。膨大な全集からよく見つけたものだ。

37人の文人が表現した“言葉のスポーツ野球”を堪能。

 漱石人脈に連なる文人・物理学者の寺田寅彦が捕球で曲がった左手薬指を披露して登場したのには納得した。野球には縁のなさそうな斎藤茂吉、堀口大學にニンマリとし、坂口安吾が日本で普及しているのは野球とは呼べず「キャッチボールというべき」と言い出したり、埴谷雄高が投手の投球フォームから「孤独な物体感」を語ったり。編者を含めて37人。“言葉のスポーツ野球”に堪能させられる。

 平出監督は自身の文章を『白球礼讃』から採ったが、子規の殿堂入りに際して新聞に載った「反対論」を思い出す。日本では、子規と野球の結びつきをきちんと理解せず、「言葉による野球」の伝統も築かれていないのに、安易に殿堂入りはないだろうという筋金入りの詩人・野球人ならではの直球だ。これも入れて欲しかった。子規の友人、日本海海戦の参謀・秋山真之の、野球は褌(ふんどし)を締めてプレーせよと説く「褌論」も漏れた。

「監督、もう一冊アンソロジーを」とお願いしたくなる。

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