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ウルトラトレイル・マウントフジ。
サポートから見た100マイルの世界。
~第2回UTMF密着ドキュメント~ 

text by

山田洋

山田洋Hiroshi Yamada

PROFILE

photograph bySho Fujimaki

posted2013/07/18 06:00

ウルトラトレイル・マウントフジ。サポートから見た100マイルの世界。~第2回UTMF密着ドキュメント~<Number Web> photograph by Sho Fujimaki

女子優勝を飾ったクリッシー・モール。自らをサポートしてくれた友人とのゴールは温かい拍手に包まれた。

「10分だけ寝かせてください」

 トップ選手がゴールして8時間が経った頃、大会に2回目の夜が訪れようとしていた。ここまでサポートもほぼ不眠不休。街中とはいえ、その寒さは僕らの身体にも堪えてくる。

 最後のサポート地点にはじめにやって来たのはここでも並木だった。トレラン歴5年のキャリアを持つ彼が、このレースで携えていた大きな約束。それは、ゴールしたら入籍することだった。

 それを知っていた僕らは「もう十分だよ。ここまでよくやった。もうリタイヤしちゃいな。やめちゃうと楽になるよー」と冗談交じりに誘惑してみせる。

「ぜってーリタイヤしないから!」と笑い飛ばして並木はゴールに向かった。タイムは、31時間21分58秒。見事なレース結果を残してみせ、無事に入籍を果たした。

 レース3日目、28日の午前2時になろうとしていた時、ガタガタと身体を震わせて心配をしていた武田がやって来た。

 見るからに限界に達していたので、仮眠用に用意された体育館へと促したのだが、「きっと眠り続けてしまうから」と言って灯油ストーブの前に座った。

 ザックを降ろし、足下に毛布をかけ、肩から広げた寝袋を羽織らせると「10分だけ寝かせてください」と言って、そのまま身体を丸めた。

残業ばかりの経理の仕事に追われる35歳が憧れのUTMFを完走。

 時間はレース開始後35時間が経過していた。10分が経ち、起こしたくなかったが武田の身体にそっと触れた。温かいうどんを食べさせ、濃い目のホットコーヒーを渡しながら、僕は静かに話し掛けた。

「登りと下り、どっちがしんどい?」

「下りの方がキツいです……」

「分かった。ここを出ると700mの登りが始まる」

「はい……」

「それが最後の登りだ」

「はい……」

「その後はロードの下りが約10km」

「はい……」

「今の状態だと、その下りはかなり堪えると思う」

「……」

「これから始まる最後の18kmを全部歩くと5時間だろう」

「……」

「もしかしたら、もっとかかるかもしれない」

「はい……」

「でもな、時間はたっぷりある」

「はい……」

「もう完走は目の前だ」

「はい……」

「今は少しでも回復させることだけに集中しよう」

「はい……」

「そしたら、ゴールで奥さんに会えるから」

「はい……」

 武田は40km地点でストックを1本折っていた。大きな岩を越える際に転倒したときのアクシデントだったらしい。杖をつくように、1本になったストックを3本目の脚にして、武田はフィニッシュに向かっていった。

 その姿を見送ってから5時間32分後、残業ばかりの経理の仕事に追われる35歳は、憧れのUTMFを完走してみせた。

【次ページ】 制限時間32分前のゴール。

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