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<Number800号特別企画・地域に生きる> オービックシーガルズ 「未来をつくるホームタウン活動」 

text by

小堀隆司

小堀隆司Takashi Kohori

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photograph byKunihiko Katsumata

posted2012/03/22 00:00

<Number800号特別企画・地域に生きる> オービックシーガルズ 「未来をつくるホームタウン活動」<Number Web> photograph by Kunihiko Katsumata
地域のために活動することは、強くなるための練習と同じ――。
週末のみの全体練習、震災被害など、さまざまなハンディを抱えながら、
オービックシーガルズはなぜライスボウル連覇を果たせたのか。
シーガルズを通じ、クラブチームとして、「地域とともに生きる」ことの
重要性を見つめる。

 新たな地平を拓く、逆転のタッチダウン。

 1月3日、シーガルズは史上最多5度目の日本一達成と、社会人としては史上2チーム目となる連覇を遂げた。

 ヘッドコーチの大橋誠は日本選手権ライスボウルを制した直後、高らかにこう宣言し、浮かれるチームに喝を入れた。

「次は史上初の社会人チーム3連覇を果たすんだ!」

 まさに王者にしか言えない台詞だが、一方でこんな危機感を口にする。

「一番練習時間が少ないチームになぜ負けるんだと、他のチームは思っているでしょう。マークは厳しくなりますよ」

 半分本音、半分は謙遜。シーガルズの練習は中身が濃いことで知られる。いわゆる実業団チームではないため、選手の職業はさまざま。銀行員、先生、自衛官、鍼灸師もいれば商社マンもいる。千葉県習志野市に練習拠点はあるが、大阪や東北在住の選手もいて全体練習は週末のみ。さらに昨年は震災の影響でグラウンドが液状化し、4カ月近く使えなくなるアクシデントにも見舞われた。

 にもかかわらず、日本一連覇はなぜ成し遂げられたのか。チームの歴史をたどっていくと、強さの理由がおぼろげながら見えてくる。

廃部の危機が迫るなか、シーガルズに差しのべられた救いの手。

 創立は1983年。リクルート社内の同好会として産声を上げた。'90年には東日本リーグの1部に昇格し、「Xリーグ」が発足した'96年シーズンには初の日本一に輝いている。

 '90年入社の大橋は'90年代後半を「第1次黄金期」と振り返りつつ、今に受け継がれる伝統について次のように語る。

「当時の日本一は、まだ他のチームがやらなかったイノベーション(革新)をやったことが大きく影響していると思います。他チームに先駆けアメリカからコーチを招聘して、多くを学んだ。昔から見ているところは高かったですから」

 しかし、良き時代は長くは続かなかった。転機は'02年、リクルートがスポンサーを降板。大橋たちはクラブチームとして存続を模索した。支出を極力抑え、収支のバランスを見直すも、「売れない劇団員が手売りでチケットを売るような」状況では先が見えず、廃部の危機が迫った。

 見かねて手を差し伸べたのが、現在のメインスポンサーであるオービックだ。すでに企業スポーツは冬の時代と言われていたが、野田順弘会長のひと言で支援を決めたという。

「うちはソリューションビジネスを手がける会社で、営業とシステムエンジニアはある意味攻めと守り。それぞれの特異性を生かしつつ一丸となって勝利(=問題解決)に向かっていく。戦術性の強いアメフトとの親和性が高いことが魅力でした」(オービック経営企画室の松下祐二)

【次ページ】 被災したチームとして地域のために何ができるのか。

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