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ミランの異端性。 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byKiminori Sawada

posted2007/05/30 00:00

ミランの異端性。<Number Web> photograph by Kiminori Sawada

 優勝したミランと、敗れていった強豪との間には、決定的な差があった。サッカーゲームの進め方や考え方において。もう少し大袈裟に言えば、哲学や体質において。

 敗れたリバプールのベニーテス監督が、それについては、誰より痛感しているだろう。決勝トーナメント1回戦で戦ったバルセロナ、準決勝で戦ったチェルシーと、ミランとの差について、端的かつ明快に語ってくれるに違いない。それが叶わぬいま、勝手にこちらで想像するしか方法はないのだが、的外れではない自信はあるつもりなので、その方向で話を進めさせていただく。

 試合は前半から、格下のリバプールペースで進んだ。各ブックメーカーが戦前、軒並みミラン優位の予想をしていたので、あえて格下という表現を使わせてもらうが、前半終了間際にインザーギがラッキーゴールを決めるまで、格下が格上を倒す可能性は高そうに見えた。リバプールに問題点は見当たらなかった。試合後の記者会見でも、ベニーテスは「前半から我々はゲームをコントロールしていた。どこをどう変えればいいのか分からなかった」と、コメントしている。

 後半に入ると、リバプールの勢いはさらに増す。両者の力が拮抗していれば、0−1でリードを許している側が、押し返すことは自然の成り行きだが、この場合はそうではない。ミランが格上なら、もう少し押さなければ、辻褄は合わない。すなわち、ミランのリバプールに対する格上感は感じられにくくなっていた。

 それこそが、バルサやチェルシーとの決定的な差になる。彼らはリバプールに敗れても、なお強しを印象づけた。格上感を存分にアピールしながら、舞台から消えていった。もし、リバプールがミランを下していたら、当時とは、同じ印象にはならなかったはずだ。戦前の予想とは異なる結果にも、スタジアムには番狂わせが起きた衝撃は走らないだろう。

 バルサやチェルシーは、リバプールに対し強者らしく正攻法で挑んできた。積極的にぶつかり合おうとした。噛み合いの良い好試合を演じた。ところがミランはそうではなかった。格上にもかかわらず、真っ向勝負を嫌った。押されることを肯定する作戦に出た。両者の布陣を見比べれば、そうした展開は予想できたが、それを目の当たりにすると、改めてその非攻撃性が浮き彫りになる。

 攻める格下。守る格上。運に恵まれた格上が、格下の猛攻に耐えながら、カウンターで追加点をもぎ取り、その終盤の猛攻を1点に抑え、チャンピオンの座に就いた。不思議なシナリオの映画を見せられた気分だ。

 ミランと同型のチームを、いまこの世界で見つけ出すことは難しい。守備的サッカーが全盛だった10年ほど前ならともかく、攻撃サッカーという言葉が、死語になるほど大衆化したこの時代にあっては珍しい存在になる。ミランが毎シーズン、欧州で確実に結果を残す理由の一つに、その異端性が深く関連していることは間違いない。

 弱者のようなサッカーをする強者に、チャレンジ精神旺盛な弱者が調子を狂わされてしまった一戦がこの決勝。「ミランがもう少し攻めてきてくれれば……強者ぶりを発揮してくれたら……」。ベニーテスの嘆き節が聞こえてきそうである。

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