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王者が失った闘う意味。 

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石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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photograph bySusumu Nagao

posted2006/04/05 00:00

王者が失った闘う意味。<Number Web> photograph by Susumu Nagao

 4月2日、有明コロシアム。

 家路へとつく観客の雑踏にまぎれていると、いつもなら漂っているはずの燻ったような熱気が伝わってこない。人々の口数はどこか少なめで消沈している。まるで、先ほどまで轟いていた春雷が止み、静謐さをたたえていた、この日の夜空と同じような雰囲気……。

 原因は、はっきりしている。

 『PRIDE武士道−其の拾−』でメインを張った五味隆典が、マーカス・アウレリオの肩固めにより一本負けしたからだ。

 PRIDE参戦後、破竹の10連勝を飾り、昨年末には日本人としては初めてPRIDEのタイトルを獲得し、ライト級王者にのぼりつめた日本を代表する“絶対王者”の敗北に、観衆はショックを受けていたにちがいない。

 対戦相手のアウレリオは、かつて柔術でホイラー・グレイシーを破り、'04年には所英男らを輩出する『ZST』のグランプリで優勝を遂げた実力者だが、まさか「あの強い五味」が足元を救われると考える人は少なかったようだ。五味の実力を警戒し、なかなか対戦相手が決まらない中、ようやくアウレリオが手を挙げたことを鑑みても。

 ただ、結果論からいえば、五味は負けるべくして負けたのかもしれない……。

 まず技術的なことでいえば、五味はこれまでほとんどの試合を卓越したスタンドの打ち合いか、トップポジションからのパウンドで勝利を奪ってきた。が、今回は自分が下になった状態であっさりとパスガードされ絞め落とされている。そう、五味はスタンドかトップポジションならばその実力をいかんなく発揮できるのだが、下になってしまうと劣勢になる傾向がある。『PRIDE武士道』以前の『修斗』時代、五味は下のポジションになってコントロールや極め、絞めの強い選手に追い込まれる場面がしばしば見られた。

「要は総合っていうのは上をとって殴ればいい」とは、五味の持論だが、アウレリオはしっかりとそのあたりを見抜き研究していた。五味得意のアッパーのタイミングに合わせ、きれいにタックルに入りテイクダウンを成功させていることからもそれは分かる。ただ、コンディション万全の五味ならば、ああも簡単に差し込まれることはないだろう。ましてやクラシカルな絞め技である“肩固め”で葬り去られるなんて……。

 気がかりなことは、ほかにもあった。

 試合前の五味の様子は、普段とはちがいどこかおかしかった。どのインタビューを見ても、また関係者の話を聞いても、モチベーションの在り所を見失い、かつてあった勢いや鼻っ柱の激しさを感じることはなかった。

 この2年間というもの『PRIDE武士道』を率先して引っ張り、昨年はルイス・アゼレードとの2度の対戦、また修斗世界ウェルター級王者の川尻達也、直系の先輩である桜井“マッハ”速人といったビックカードを経てライト級王座についに辿りついた。五味の格闘技人生を考えても、昨年ほどタフで濃密な1年間はなかっただろう。

 翻って今年の緒戦は、試運転と目されたアウレリオとのワンマッチである。これで緊張感を持てというのも酷な話だ。

 つまり、極論を言ってしまえば五味は、『燃えつき症候群』だったといってもいい。

 とくにメンタル面が重要となるトップアスリート。ましてや、命を危険にさらすといった精神的疲労も大きい格闘家である。いったん緊張の糸が切れてしまうと、それを再生するには今まで以上の労力がいり、より高い目標を設定しなければ己を奮い立たせることは困難である。

 試合後、五味はまず「お客さんに申しわけない」と述べ、要約すると次のようなことを語っている。

 「大晦日が終ってから体がついていかなくて、魂のこもった練習は1回もしていないんです。武士道に出てもう2年、さすがに疲れました。慢心もあったし、疲労もあった。もちろん悔しいし、格闘技は面白いと改めて思ったけど、今は少し休みたい……」

 肉体と精神の消耗の激しい総合格闘家のピークはおよそ3年間といわれている。もちろんヒョードルのように長い間、高いクオリティを保つ例外的な選手はいるが、五味のキャリアを考えれば、ひょっとしたらピークを越えつつあるのかもしれない。

 ただ、この敗北が「ライバル不在の強すぎるがゆえの過渡期」の出来事であるならば、復活の余地は十分にある。PRIDEの中量級を盛り上げるためにもそう願ってやまないし、また職業格闘家というものをいろいろと考えさせられた五味の敗北だった。

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