SCORE CARDBACK NUMBER

格闘家の「暴力」に、言い訳は通用しない。 

text by

布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

PROFILE

photograph byToshiya Kondo

posted2006/03/23 00:00

格闘家の「暴力」に、言い訳は通用しない。<Number Web> photograph by Toshiya Kondo

 今年になってから、格闘家絡みの不祥事が立て続けに起こった。「イヤだなぁ」と眉を顰めていたら、3年前の大晦日の興行戦争に端を発する暴力団が関わった恐喝事件も発覚。日本の政界を揺るがした怪文書を民主党の永田議員に渡したと噂される人物も、プロの総合格闘技を齧っていたということで話題になった。

 世間の反応は実にシビア。そうなると、いたるところから「ああ、やっぱり」という声が聞こえてくる。特に格闘家の暴力沙汰に対しては、その傾向が強くなる。自分たちの世界ではOKでも、世間で「足の裏が触れただけ」とか「グーではない。張り手だった」といった言い訳は通用しない。手加減したとしても、暴力は暴力。手を出した時点で負けになる。先手必勝の論理が通用するのは、試合をやっている時だけだ。

 世の中には格闘技に「野蛮」「暴力」といったレッテルを貼りたがる輩が多い。「いや、それは誤解ですよ。格闘家は礼儀正しい人が多いですから」と説得しようとしても、ここまで事件が立て続けに起こると、擁護派の意見に耳を傾けてくれる人は少ない。

 ここ数年で格闘技のメジャーイベントはマニア層だけではなく、一般大衆にも支持される新興勢力になった。しかし野球やサッカーなどのメジャースポーツと比べると、その土台は脆弱といわざるをえない。先日、あるプロ野球球団の私設応援団員が恐喝で逮捕される事件があったが、その事件とプロ野球そのものを重ね合わせて見る人は少ない。ボクシングでリング禍が発生しても、国内におけるボクシング廃止論までにはエスカレートしない。

 なぜか? それは野球やボクシングが競技として確固たるステータスを築き上げているからだろう。だから事件が起きても、競技まで悪者と見なす人は皆無なのだ。

 しかし、もし似たような事件やリング禍が格闘技界で発生したら、世間は全く違った反応を示すだろう。格闘技そのものに問題がある。「ああ、やっぱり」派は、そう捉えるような気がしてならない。

 格闘技に接する者は、今一度襟を正す必要がある。

 「ああ、やっぱり」派を見返すためにも。

ページトップ