俊輔inグラスゴーBACK NUMBER

最悪の環境で中村が見せた、“もうひとつの”価値 

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鈴木直文

鈴木直文Naofumi Suzuki

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posted2006/12/26 00:00

最悪の環境で中村が見せた、“もうひとつの”価値<Number Web> photograph by Naofumi Suzuki

 かつて大英帝国第2の都市と言われた街の、栄枯盛衰の象徴ともいうべきクライド川を南に渡る。今季2度目のオールドファーム・ダービーは、街の南西部に位置する、グラスゴーの「青コーナー」、アイブロックスで行われた。ここを訪れるのは3年ぶりになる。中村俊輔がセルティックにやってきて以来、何となく居心地の悪い場所になってしまった。こちらが日本人というだけで、見知らぬ人間に「ナカムラの×××!」と悪態をつかれるのは、なんとも不条理だ。

 中村自身にとっても決して居心地のいい場所ではないだろう。彼がアイブロックスでプレーするのは、実は2度目に過ぎない。オールドファーム・デビュー戦となった昨年8月には、セルティックが2人の退場者を出した大荒れの展開のなか、何をする間もなく途中交代している。今年2月にも両チームはここで対戦したが、中村はロイ・キーンにスタメンを譲り、90分間をベンチで過ごしている。それを思えば、この日全く異論の余地無くスタメン出場したことは、この17ヶ月で彼が如何にチームに不可欠な存在になったかを物語っている。それにしても、この日のピッチ・コンディションは最悪で、居心地の悪さに拍車をかけていた。

 試合は、ホームのレンジャーズの意地とセルティックのチャンピオンらしい貫禄とがぶつかり合う好ゲームだったが、レンジャーズがチャンスの数で上回りながら、1-1のドローに終わった。両チームの勝ち点差は16ポイントのまま変わらず、セルティックの優位がますます確かなものになった。レンジャーズに復調の兆しがあるとはいえ、ポール・ル・グエン監督にとって苦しい日々が続く。試合後のインタビューでも終始仏頂面で、後に現れたセルティックのゴードン・ストラカン監督が敵のパフォーマンスを褒めちぎる余裕を見せたのとは好対照だった。

 今季からチームの抜本的な再建を託されたル・グエンの立場は、昨季のストラカンとよく似ている。が、ル・グエンの不運は、セルティックが既に1年早く再建の基盤を整えてしまっていたことだろう。オールドファームの評価基準は常にライバルとの相対的位置にある。前半戦だけで16ポイントのビハインドとなれば、気の短いファンやメディアの風当たりは強くなる。この点、ストラカンは、順風満帆とは言い難いスタートを切りながら、レンジャーズがそれ以上に不振を極めていたため、じっくりとチームを作ることを許された。

 チーム作りの方針にも違いがある。ル・グエンは、若手を中心に計11人の新加入選手を獲得し、文字通り白紙の状態から自分好みのチームを作ろうとした。ストラカンの場合、就任からシーズンの開幕までの時間が短かったこともあって、より現実的な方法を採った。現有の主力メンバーを中核とし、自ら発掘した新戦力や若手をその周辺に配置することで、徐々に独自の色を出していった。そうして周辺から台頭した中村や、ショーン・マローニー、スティーブン・マクマナスらが、旧主力選手が去った後の今季、中心的な役割を担うようになっている。

 なかでも中村は、チーム内でも希少な、取り換えが利かない存在だ。これは、いわゆる「エース」とか「大黒柱」といったニュアンスとはちょっと違う(そもそも今のセルティックにそうした絶対的存在はいない)。セットプレーからのゴールやアシスト、流れの中でのラストパスによる貢献はもちろん大きいが、創造性という意味ならマローニーやエイデン・マッギーディだって負けていない。交換不可能な部分は他にある。チーム全体を落ち着かせる効果、といったらいいだろうか。それは、彼が狭いスペースで確実にボールをキープでき、そこから長短のパスを状況に応じて的確に展開できることによる。相手チームが中盤でプレッシャーをかけてきても、中村がパス回しに加わると、パスの受け手が十分なスペースでボールを受けられることが多く、したがって、余裕を持って次のプレーを選択することができる。ニール・レノンのようなボールの扱いが決して上手くない選手が安心してプレーできるのは、このためだ。彼がいるといないとで、セルティックがまるで別のチームになってしまうことは、途中出場だったCLのコペンハーゲン戦でも明らかだった。

 ゴールに直結するような目立った活躍のなかったこの日のダービーでも、そうした効果は変わらずに発揮されていた。劣悪なピッチ・コンディションのせいで、中村の足芸の威力が大幅に削がれていたにもかかわらず、正確なボールキープとスペースへのパスの配給が狂う場面はほとんどなかった。各紙の採点は概ね低調で「また何も出来なかった」という寸評が多いなか、次のような評価に彼の隠れた貢献が看て取れる。

 「マーカーの合間を踊り周り、知性的にボールを用いた。」(Daily Record)

 とはいえ、特に後半レンジャーズが試合を完全に支配してからは「何も出来なかった」というのも確かだった。チームとしてボール・ポゼッションが確保できなければ、彼のこうした持ち味は発揮できない。後半残り20分での交代は、止むを得ないところだった。しかし、彼の“ありがたみ”を熟知するストラカンは、ベンチに下がった中村への労いの言葉を忘れなかったようだ。イタリアやスペインでは、CLでの派手な活躍で中村の株が上がっているというが、仮に、再開目前の冬の移籍市場で獲得を狙うクラブがあったとしても、ストラカンほどの理解者と袂を分かつ利は今のところなさそうだ。

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