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4部リーグの弱小チームが見る、打倒チェルシーの初夢 

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山中忍

山中忍Shinobu Yamanaka

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posted2006/12/28 00:00

4部リーグの弱小チームが見る、打倒チェルシーの初夢<Number Web> photograph by AFLO

 日中の最高気温も1桁台に止まり、夕方5時前にはもう真っ暗。公園の木々も丸裸と、すっかり冬景色のイングランドだが、憂鬱な季節の到来はFAカップの本大会が近いことを意味している。プレミアシップの上位勢も顔を見せる第3ラウンドは、サッカーの母国における正月には欠かせないイベントだ。

 今シーズンの組合せ抽選が行われたのは12月3日。リバプール対アーセナル、マンチェスター・ユナイテッド対アストン・ビラといった好カードが決まっていく中で、最も注目を集めたのは、チェルシーとの対戦が決まったマクルズフィールド・タウンだった。

 クラブの最高責任者であるパトリック・ネルソンは、日曜日に遅めの昼食を取りながら、テレビで抽選の様子を見守っていたという。

 「どうせならビッグクラブと敵地で、と思っていましたから、チェルシーがホームで対戦する相手を選ぶ場面では、『自分たちでありますように』と祈るような気持ちでしたよ」

 マクルズフィールドは、21試合を消化した時点で僅か2勝と、リーグ2(4部)最下位を独走する典型的な弱小チーム。普段の集客力は、収容人数6千人のホームスタジアムの3分の1にも満たない。クラブが本拠を構えるチェシア州(イングランド北西部)には、ユナイテッドやリバプールをはじめ、強豪・古豪がひしめいている。地元のサッカー少年たちが、かつての地場産業(絹製品)にちなんで「シルクマン」と呼ばれるこのクラブではなく、いかにも強そうな「赤い悪魔」に惹かれるのも無理はない。おまけにマクルズフィールドは、スタジアム改修工事に問題があったとして、開幕前に総額5千万円を上回る罰金も科せられている。クラブの経営陣が、相当な入場料収入が期待できるアウェーでのチェルシー戦を喜ぶのも、もっともな話なのだ。

 ちなみに現在のメンバーを揃えるのに費やされた資金は、約800万円(チェルシーは約372億円)。「スター」と呼べる人物は、10月後半に監督として迎え入れられたポール・インスぐらいだ。だが、かつてマンチェスター・ユナイテッドやイングランド代表の中盤を仕切っていたインスの存在は、クラブに活力を与えている。チームの得点力不足を解決するために、イアン・ライト(元アーセナル/イングランド代表)をゲストに招いた練習が実現したのも彼に負うところが大きい。

 39歳の若手監督インスは、抽選直後のテレビのインタビューで次のようにコメントしている。

 「FAカップでのチェルシーとの一戦は、クラブにとっても、この町全体にとっても非常に明るいニュースだ。今回の経験はチームの大きな財産となる」

 とはいえ、インスの就任後、マクルズフィールドに良いことばかりが起きてきたわけではない。チェルシーが1試合で2名のGKを失った一件は有名だが、マクルズフィールドの受難はその上を行く。

 11月25日のリーグ戦では、まず前半にレンタル移籍で獲得したウィンガーが膝の十字靭帯を損傷。後半には自軍のGKとDFが激突し、共に脚を骨折してしまった。更にその3日後には、別のDFが練習中に足を骨折するという不運にも見舞われている。

 「怪我をしてしまった選手たちも、チェルシー戦には連れて行くつもりだ。トップの世界を体験できる貴重な機会なんだ。もっとも、我々が勝つとは誰も思っていないだろうけどね」

 こう語る指揮官に起死回生の秘策があるとすれば、それは自身が出場するという作戦だろう。インスは、現時点では選手登録が前所属先(スウィンドン・タウン/契約は途中解約)のままだが、1月の移籍市場で登録が変更されれば、マクルズフィールドのユニフォームを着てピッチに立つことも可能だ。クラブ側も本来は選手兼監督としての契約を望んでいた。

 「大一番でいきなり自分が出場すると言ったら、選手たちがどんな反応を示すだろう?でも、真剣に考える価値のあるオプションだとは思っているよ」

 “Governor(司令官)”の異名を取るイングランドの英雄が、ピッチ上でチームを牽引しながらプレミアシップ王者に挑むとなれば、西ロンドンまで足を運ぶマクルズフィールド・ファンにとっては最高のプレゼントになる。万が一(?)引分けて再試合に持ち込み、試合がテレビ中継されることにでもなれば、クラブが数千万円の「お年玉」を手にする可能性も生まれてくる。1月6日は、アンチ・チェルシー派の皆さんはもちろん、贔屓のクラブがないファンの方々も「シルクマン」への応援を是非どうぞ。

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