カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:ハノイ「死ぬかもしれない。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2007/07/12 00:00

From:ハノイ「死ぬかもしれない。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

ハノイは暑い。とにかく暑い。日本の梅雨が懐かしくなる。

食事はおいしく、ホテルも安いので、旅行で行くにはまだいい。

ただ、サッカーをやるような気候でないことは確かなのだ。

 夏も冬も秋も春も、僕はどの季節も大好きだ。暑くても寒くても大丈夫。常にハッピーな毎日を送る用意ができている。もちろん梅雨だってノープロブレム。むしろ、得意な季節というべきかもしれない。

 湿度は低い方が良いに決まってる。ジメジメジトジトを、歓迎しているわけではない。単純に僕は雨が好きなのだ。梅雨は、雨が最も多く降る季節、だからなのだ。「♪あめあめふれふれかあさんと〜」。童謡が口を突いて出てくるが、それ以上に印象に残るのは、ガリシア地方出身の詩人マルケスの言葉だ。「雨は人類の命」。

 ガリシア地方の中核都市であるラコルーニャは、サッカーとともに、降水量の多い街として知られる。スペインと言えば、常に晴れ。カンカン照りの暑い夏を連想する。だが、この街は、夏でも平気で雨が降る。降らない日がないくらいよく降る。気温も、スペインの他の都市に比べれば低めである。例えば、セビージャなどとは正反対の気候なのだ。

 もちろんセビージャも、僕は好きだ。しかし毎日毎日、カンカン照りが続くと、抑揚のない単調さが気になってくる。バランス感覚が狂いそうになるので、つい、黒ずむくらい真っ青に晴れ上がった上空に「たまには雨ぐらい降ってみろよ!」と、文句を叫びたくなる衝動に駆られる。

 ラコルーニャにはその必要がない。雲の流れが速い海沿いだからだろう。晴れていても、一転にわかにかき曇り、心地よい大粒の雨が落ちてくる。リアス式海岸の絶景とのコントラストが、また素晴らしい。人類の命を実感する瞬間だ。この街に誘われる理由は、バラエティに富むフレッシュな「魚介類」だけではない。

 東京の今は、気温もまだそう高くない。日が沈めば、涼しさを実感することもできる。だから、極力クーラーを使わないことにしている。窓を開け、夜風を浴びながら、リスンの23番というお気に入りのお香に火を点す。そこに雨音が聞こえてくれば文句なし。茄子、ミョウガ、谷中ショウガといった夏野菜を、サクッと食べることができれば、人間はやめられなくなる。

 というわけで、ハノイへ向かう気分は、最後の最後の瞬間まで、盛り上がらなかった。仕事が超多忙だというわけでもないのに、最後の夜を寝ずに過ごし、すなわち、徹夜明けの状態で、成田空港に向かった。

 するとどうだ。JALとベトナム航空が共同で運航するハノイ行きの便は、出発が2時間も遅れてしまったのだ。欧州行きの便なら、フライト時間が11〜12時間もあるので、寝不足をそこで一気に解消できるのだが、ハノイは近い。5時間で到着してしまう。

 4時間45分は寝たつもりだが、それでもコンディションは優れなかった。

 暑いのなんの。強烈なハノイの気候が、僕を待ち受けていた。冒頭でも謳ったとおり、僕には嫌いな季節がない。この暑さも、嫌いだとは絶対に言いたくないのだが、少なくとも寝不足の身の上には応えた。到着するや、梅雨の東京が、早くも恋しくなってしまった。

 お気の毒なのは選手たちだ。この時期に、こんな場所でサッカーをすること自体、無理がある。もっと普通の季節に、普通の場所で開けないものなのか。サッカーについて真面目に語ることが、馬鹿らしく感じられた。太陽が照りつける中でやれば、下手をすると死ぬかもしれないと、心配になるほど暑いのだ。

 でも、飯は美味いし、快適そうなカフェもたくさんあるし、また、女性も東京より、振り返りたくなる確率は高いし、おまけに一泊45ドルで予約した3つ星ホテルも、想像以上に快適なので、このクソ暑さにも、つい好き!と、強気で迫る元気も少しずつではあるが湧いてくる。

 選手もそうではないのだろうか。到着したばかりの頃は、これはヤバイ、マズイぞと不安に駆られたはずだ。これなら代表から落選した方が……とまでは思わなかっただろうが、この猛暑の中で戦う不幸を恨んだ人は多かっただろう。いまはちょうど、慣れ始めた時期なのかもしれない。

 僕たちとの違いがあるとすれば、遊び感覚をそこに見いだしにくいという点だ。街を気軽にぶらつけないつらさが、彼らにはある。そういう意味では同情も禁じ得ないのだが。

 カタールとの第1戦はドローに終わった。勝てる試合を引き分けてしまったわけだが、これは暑さのせいだけではない。日本の選手が抱える根本的な問題を、露呈させてしまった気がする。「バントとパスの共通点」(6月6日)や「違和感」(5月21日)で、指摘した点と完全に一致する。一言でいえば、つまらないパスが多すぎるのだ。

 日本人的な価値観や概念をぶっ壊さない限り、オーソドックスさを取り戻さない限り……という気はするが、サッカーの話は、また別の機会に。

 それにしても、ハノイは暑い。

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