カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:神宮「バントとパスの共通点。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2007/06/06 00:00

From:神宮「バントとパスの共通点。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

ハンカチ王子が投げた試合を見ていると、バントの多さに気づかされた。

サッカー日本代表の試合を見ていると、シュートの場面でのパスが多い。

競技は違っていても、日本人のメンタリティはいつも一緒なのだ。

 6回裏一死満塁。点差は5点。なのにどうして慶応は、スクイズという奇策に出たのか。内野ゴロで併殺を食いたくないからなのか、それとも打者の打撃が弱いからなのか。スクイズは一応、成功したが、点差を考えれば、やっぱりここはバントじゃなくて強攻だろう。

 と、ぶつぶつ文句を言いながら、僕はこの局面を眺めていた。東京六大学野球春季リーグ戦、早慶戦の第2戦の話だ。

 試合は、慶応の先発投手が乱調で、6回の表を終了して8−0。早稲田の一方的なペースで進んでいた。勝敗はもはや決したも同然だった。早稲田の先発はハンカチ王子。佑ちゃんこと斎藤佑樹クンだ。5回まで慶応打線を完璧に抑えてきたが、この回になって突如、変調。すでに3点を献上していた。なおも一死満塁。ハンカチ王子がアップアップになっているのは、誰の目にも明らかだった。ここで一発出れば、試合は一気にもつれそうなムードだった。

 スクイズが決まりスコアは8−4。点差は4点に縮まった。なおも2死2、3塁。だが、佑ちゃんは、後続を断った。2アウトになったことで、我に返ったのだろう。本来の颯爽とした、ハンカチ王子の姿に戻っていた。慶応に吹いた追い風は、これをもってすっかり止んだ。「スクイズ」こそが、まさにこの試合のキーポイントだったのだ。

 僕は慶応側の内野席に座り、アンチ早稲田の立場で、観戦に臨んでいた。傍らに座る立教OBの編集者Hに「今日は慶応の応援で行きましょう」と、促されるまでもなく。早稲田嫌いだからではない。ハンカチ王子ブームに湧く、世の中に対するアンチテーゼとして、慶応サイドにつくことにしたのである。

 判官贔屓。格好良く言えばそうなる。しかし、実際は僕も単なるミーハーの一人に過ぎないのだ。佑ちゃんが先発じゃなかったら、試合開始の1時間も前から、当日券を求めて、神宮球場に出かけていくことはなかったのだ。佑ちゃんファンの一人と言われても仕方がない立場にあるにもかかわらず、僕は密かに佑ちゃん攻略法を練っていた。慶応打線に捕まることを願っていた。慶応の監督になったつもりで、観戦に臨んでいた。だからこそ、スクイズには落胆した。自分の厄介な性格に、思わず苦笑したくなるが、それはともかく、この早慶戦を観戦していて改めて驚かされたのは、バントの多さだった。

 慶応の反撃を4点で止めた早稲田は、翌7回表、先頭打者が一塁に出た。差は4点。にもかかわらず、次打者は躊躇なくバントで走者を2塁に進めた。慶応も慶応なら、早稲田も早稲田である。

 ともかくだ。これに限らず、この試合で打者がセーフティバントを含め、投球に対しバントのポーズを取るシーンは山ほどあった。一方的な展開なんだから。そもそもバットでボールをぶっ叩くのが、野球なんだから。思い切って打ちなさいよ学生サン。サラリーマンじゃないんだからと呟くことしきりだった。

 と同時に、そのたびに僕は、イメージをサッカーとダブらせた。日本人選手のパス好きのメンタリティと。2日前、エコパで行われた対モンテネグロ戦がそうだった。抑揚のない素直すぎるパスが多すぎるのだ。捌く、預ける、付ける。俗にそうした言われ方をする律儀なパスが。その身のこなしは、僕はかねてから日本人が世界一だとの確信がある。他の追随を許さない流麗なフォームで、せっせとボールを繋ぐ。忠実で勤勉で真面目な日本人らしいプレイといえば聞こえは良いが、いっぽうで、失敗を恐れる弱気の虫と、通底している気がしてならないのだ。

 もっとも、試合後の記者会見で、オシムは個人プレイが試合の流れを壊したと言った。中村憲剛が傍らの山岸がフリーであるにもかかわらず、無理にシュートを狙いに言ったことに異を唱えた。僕もオシムの肩を持つわけではないが、その時、記者席で「パス!」と、それなりに大きな声を出し、中村憲のプレイに首を傾げたものである。パスなのか、シュートなのかは、とっても微妙な問題だ。シュートが失敗すれば、パスだと言われ、パスしてシュートが決まらないと、シュートだと言われる。いったいどっちが正しいのか。でも、それぞれの判断には、必ずや正解、不正解がある。0.1秒を切る瞬時の間に、正解を見いだせる選手こそが、この世界では優秀だといわれる。

 日本人に多い失敗例は、シュートなのにパスだ。安全第一のメンタリティーが、正解のプレイにブレーキを踏ませる回数が多く目立つ。

 判断する時間がたっぷりある野球でさえそうなのだ。野球の場合は、選手というよりベンチの采配になるが、そういう意味で面白味に欠けるシーンを、種類の異なるスポーツの現場で、立て続けに見させられると、その独特のメンタリティに対し、少なからずがっかりさせられる。

 でも、そういう僕だって、何を隠そうバント好きだ。野球でどのプレイに自信があるかといえばバントになる。低レベルの話で恐縮だが、ボールの勢いをバットで綺麗に殺した瞬間、身体にはなんとも言えぬ快感が駆け抜ける。早慶戦で、スクイズを決めた慶応の打者も、その瞬間、身体に快感が駆け抜けたに違いない。司令を忠実に演じきった快感も同様に走っただろう。しかし、それを機に、佑ちゃんは立ち直った。流れは再び早稲田ペースに傾いた。

 いったいどっちが正しい選択なのか。結果がすべてという言い方がある。しかしそれは、少なくとも理屈的には卑怯な言い方になる。僕が考えるのは失敗した場合だ。同じ失敗でも、より救われる気分になるのはどちらかだ。バント失敗か、強行失敗か。自身のシュートの失敗か、パスした相手のシュート失敗か。そういう観点に照らせば、中村憲のシュートミスも、オシムが怒るほど悪いプレイには見えてこない。逆に慶応の敗戦は、必要以上に情けなく見える。

 それはともかく、世の中にはハンカチ王子の他にもヒーローはいる。ハニカミ王子だ。というわけで、世の中に影響されやすい僕は、早稲田の優勝が決まるや、スタジアムを後にし、編集者Hと共にお隣の第2球場へ急いだ。神宮第2球場は通常、ゴルフ練習場に姿を変えているのである。六大学観戦も久しぶりなら、打ちっ放しも久しぶり。スポーツは見るのもするのも楽しからずや。

 神宮の森は、その点で最高の環境にある。国立もあれば、東京体育館もある。秩父宮もあれば、フットサル場もある。まだ訪れたことがない方は是非。僕が日本で一番好きな場所。カラスがいなければ、世界一と言いたいのだけれど……。

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