MLB Column from WestBACK NUMBER
ミッチェル・レポートの本来の意義を失わせるな
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byGetty Images/AFLO
posted2007/12/18 00:00
12月13日は、メジャーリーグにとって悪夢の日となった。すでに大々的に報じられているように、セリグ・コミッショナーが依頼したジョージ・ミッチェル元上院議員を中心とした調査グループによる球界の不法薬物使用問題の調査報告書「ミッチェル・レポート」が一般に公表されたのだ。その報告書には現役、引退選手を合わせて約90名の名前が登場し、いろいろなメディアで「1919年のブラックソックス事件(ホワイトソックス選手による野球賭博問題)以来の一大スキャンダル」と形容されるなど、長年に渡り取り沙汰されていたメジャー球界に広がる薬物問題の深刻さが浮き彫りになってしまった。
が、その後の関連報道を見る限り、「ミッチェル・レポート」の本来の意義が早くも失われようとしている気がしてならない。レポートに登場する選手たちを糾弾したり、彼らの釈明に対し真偽を問うことなど、どうでもいいことなのだ。改めてレポートを公表する際に、ミッチェル氏が行った報告説明を思いだしてほしい。
「この問題は、ごく少数の選手とかごく少数のチームだけが関わった孤立したものではない。過去20年以上に渡り、野球に携わるすべての人々が関連している。コミッショナー、球団関係者、選手会、選手──すべての人たちがステロイド時代にある程度の責任を負っている。球界全体が、問題が表面化した際にその深刻さを理解せず、早期に取り組もうとしなかった」
まさにその通りなのだ。レポートに登場する選手たちを魔女裁判のように吊し上げても何の解決にもならない。あくまでミッチェル氏が呼んだ「ステロイド時代」を創り上げてしまった球界の悪しき体質を問題にすべきはずだろう。だからこそミッチェル氏は、レポートに登場する選手を含め過去に不法薬物を使用した選手を罰すべきではないと明言している。それなのに……。
「彼の調査結果とそれの結果に至った証拠事実を再検討したい。そして自分が必要だと信じた場合には、状況に応じて処罰を考えていきたい」
レポート発表後に行った記者会見で、セリグ・コミッショナーは以上のように話している。ミッチェル氏が問いただしている、コミッショナーとしての責任はどこへいってしまったのだろう。明らかに間違った方向に舵取りしようとしていないか。
さらに20カ月の調査に及んだ今回のレポートが、球界すべての薬物問題を言及できたとは思えない。ミッチェル氏が説明しているように、球界関係者の調査協力は至って冷ややかだったらしく、レポートの内容も調査に協力した一部分の証言を深く掘り下げたものに留まっている。それを証明するように、過去に薬物使用で出場停止処分を受けているのにレポートに名前が挙がっていない選手もかなりいるのだ。調査では追い切れなかった不法薬物の入手ルートがあると考えるべきで、レポートに登場する選手だけ罰則の対象にするのは滑稽すぎるだろう。
またミッチェル氏が深刻だと指摘している人成長ホルモン(HGH)の不正使用も、この問題をさらにややこしくしている。HGHに関しては血液検査を行わなければ発見できないため、現行の尿検査では完全に“ザル”状態。今回のレポートのような証言がない限り、不正使用を見つけられない。現在ではステロイド以上にHGH使用が球界に蔓延していると噂され、薬物検査をさらに徹底していかなければ、メジャー球界がステロイド時代を終わらせることは不可能だ。
「自分が所属している間、一度たりともフロントの人間からステロイドやHGHについて聞かれたことがなかった。なぜ聞かなかったのか。考えてみてくれ。もしチームに太った投手がいても、彼が勝ち続けている間は誰も批難はしない。まさにそれと同じことだ。誰か本塁打を40本も打ち、チームが勝ち、ファンが集まっていれば、とにかく(薬物問題について)放っておくということだ」
USAトゥデー紙は、ブルワーズの元トレーナーの薬物問題に関する感想を掲載していた。もう一度確認しておこう。メジャーリーグの不法薬物問題は、それを使用した選手だけの責任ではなく、それを黙認してきた球界関係者も一蓮托生なのだ。1998年に薬物問題で騒がれながらも、マグワイヤ、ソーサ両選手の本塁打争いを大いに盛り上げ、1994年のストライキ騒動から人気回復を狙ったのは、他ならぬ大リーグ機構であり、コミッショナーその人だった。
「彼のレポートは我々に行動を呼びかけるものであり、自分は行動を起こすだろう」
何とも勇ましい言葉を発したセリグ・コミッショナーが、スタンドプレーに走らないことを祈るばかりだ。