佐藤琢磨 グランプリに挑むBACK NUMBER

ウエットタイヤ 

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西山平夫

西山平夫Hirao Nishiyama

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photograph byMamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)

posted2007/07/25 00:00

ウエットタイヤ<Number Web> photograph by Mamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)

 「最終コーナーを回って1コーナーを見たら空が真っ黒で、これは大変なことになったと思いました」

 オープニングラップ、16位からスタートした佐藤琢磨は何台かのマシンを抜いてスタンド前に帰って来た。この時のポジションはなんと7位!というのもマッサ、アロンソをはじめ上位のドライバー達がドライタイヤから雨用のウエットタイヤに換えるべく続々とピットインしたため、自然にポジションが上がっていたのだ。しかし、本来なら琢磨もまた1周目でピットインし、ウエットタイヤに換えるべきだった。そのタイミングを逸したことが今回のレースを決したといっていい。

 「ピットから無線で雨だという情報は入ったのですが、その時はもう最終コーナーを回っていたし、自分の意志で思い切ってピットロードにダイブしてもよかったとは思いますが、そんなにひどい雨が見えていたわけではなかったし……」

 2周目、琢磨は7位でピットインし、タイヤをドライからスタンダード・ウエット(インターミディ:浅溝の雨晴れ兼用)に履き替える。しかし、雨はさらに強さを増していて、1コーナーなどは滝つぼのようなありさま。とてもスタンダード・ウエットでは走れない。

 ブリヂストン・タイヤにはエクストリーム・ウエットと呼ばれる荒天用の深溝タイヤがある。琢磨はそれに履き替えるべく2周連続でピットイン。コースに復帰した時は13位までドロップしていた。

 ここで競技団はあまりの雨のひどさと、1コーナーのグラベルに数台のマシンが止まっていたために排除しないと危険と判断し、4周目にレース一時中断を意味する赤旗を出す。

 「ボクも赤旗直前に1回スピンしましたけど、すごい雨の量でしたね。エクストリーム・ウエット・タイヤでもとんでもなく遅いペースで走るしかなかった。3速より上にギヤを上げられなかったし、アクセルをオフしただけでリヤがロックするくらい」

 佐藤琢磨は赤旗提示をきわめて適切な判断だった、と評価する。レースをするどころか、走ること自体が無理だというのだ。最も雨がひどかった1コーナーはバトン、スーティル、ロズベルグ、スピード、リウッツィと5台のマシンの墓場と化していた。

 この後、レースは再開され路面はウエットからドライに変ったが、佐藤琢磨は12位走行中、60周レースのちょうど3分の1に当る20周目にハイドローリック(油圧)系トラブルの発生でリタイアとなった。ギヤチェンジが不能になり、パワーステアリングも利かないとなれば、ギブアップするしかない。ちなみに優勝候補の筆頭だったライコネン、たった一人オープニングラップからウエットタイヤで走りトップに立った新人ビンケルホックも琢磨と同じくハイドローリック・トラブルでリタイアとなっている。

 ところで、このレースで注目されたのはレッドブル・チームである。予選6位のウエーバー3位、同20位のクルサード5位。コンストラクターズ・ポイント10点をかき集めた。

 彼らは赤旗提示の4周目には4、5位におり、レース再開後にほぼそのポジションを守り切ったことが成功につながったが、ウエーバーはオープニングラップでウエットに換えた後、赤旗が出るまでそのまま走り続けたし、クルサードも同じやり方だった。この判断が実を結んだのだ。

 しょせんハイドローリック・トラブルでリタイアしたかもしれないが、もし琢磨がオープニングラップでウエーバーやクルサードと同じ決断をしていたら……。スーパーアグリが、そうした“もし……”の疑念を生まないレースができるようになる時が早く来ないか、そう思わせた佐藤琢磨のヨーロッパ・グランプリだった。

佐藤琢磨

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