Column from GermanyBACK NUMBER

史上最高の熱狂。 

text by

安藤正純

安藤正純Masazumi Ando

PROFILE

photograph byBongarts/Getty Images/AFLO

posted2008/09/26 00:00

史上最高の熱狂。<Number Web> photograph by Bongarts/Getty Images/AFLO

 親になって初めて分かることに「出来の悪い子ほど可愛い」がある。安藤家がそうだから……ではない(念のため)。しかしブンデスリーガには出来の悪い子がいくらでもいる。それが、半世紀も優勝できないシャルケ、30年前の栄光を台無しにし続けるボルシアMG、自尊心が強いだけのフランクフルト、破綻寸前まで追い込まれて借金だらけのドルトムントだ。

 成績面でも経営面でも、彼らは長年『オール5』のバイエルン・ミュンヘンに差をつけられたまま。いちおう、一生懸命勉強しているフリをする“のび太”君だが、才能が違いすぎるので、どうやっても“出来杉”君には勝てない。

 しかし、のび太君には愛嬌というとっておきの武器がある。愛嬌があるからこそ、成績が悪く何度ドジを踏んでも、周囲の人間は最後まで温かく見守り応援してくれるのだ。ここらへんがつねにオール5を求められ、少しでも成績が落ちるやガンガン責められるバイエルンと違う点なのである。

 リーグ第4節のドルトムント対シャルケのルールダービーはそういう意味でまさに「のび太対決」であった。でもイメージ的にはどちらかと言うと「スネ夫」と「ジャイアン」のほうが近いかもしれない。親は金持ちのロシア企業、自己顕示欲が強くナルシスト、ヤンチャ、力技だけで勝とうとする戦術は、どうやったって脇役のキャラクターでしかないからだ。

 ルールダービーはふだんのサッカーシーンとは異次元の世界である。幹線道路の封鎖に始まり、町中にドルトムントの黄色い応援旗1万本とワッペン2万枚を掲示、警察官500人動員、入場者数8万552人(15万人が空席待ちだった)という熱狂ぶりだ。

 クラブ首脳陣の対応だって尋常じゃない。通常、ホーム側はアウェーの役員を昼食に招いて和気あいあいと歓談し、VIP用の最高級シートを用意するものだが、シャルケの監査役トップは、「アイツらとは2度と一緒に飯を食うものか」と過去の因縁を引きずり、わざわざゴール裏側の立ち見席でファンと一緒に応援した。ドルトムントのバツケ会長は就任前、青いユニフォームに身を包んで、やはりバックスタンドの立ち見席で大声を張り上げていたものだ。

 試合は激烈な展開となった。シャルケが3点を連取。ふだんの“ボルシアのび太”君だったら泣きっ面で、そのままジ・エンドになるところだ。しかしダービーマッチという四次元ポケットが不可能を可能にする。夏のユーロで不本意に終わったフライがハットトリックをやってのけたのだ。3点目を決めたのは89 分。その瞬間のスタジアムは空前絶後の大歓声に包まれた。四方を囲む鉄製の屋根が、まるで「声」という新型の音響兵器によって破壊されてしまいそうな錯覚に襲われた。音響効果と興奮度だけで判断したら、ルールダービーは間違いなくワールドクラスのイベントである。

 5日後、ドルトムントはUEFAカップでウディネーゼと対戦した。大事な試合であるはずなのに集まった観客は5万2400人。空席率35%である。結果は0−2でいいところなしだった。さらに3日後のリーグ5節、アウェーでのホッフェンハイム戦は1−4と惨敗。ウディネーゼ戦からメンバー6人を入れ替えたが防戦一方となり、4失点で済んだのは相手のシュートミスが重なる幸運に助けられたからである。それもこれも、すべてはルールダービーに体力と気力を使いすぎたツケである。

 彼らの不運はなおも続く。手堅い守備陣を支える若手DFマッツ・フンメルスをバイエルンが「早よ、返せ!」と迫ってきたのだ。U−21代表のフンメルスは6歳で入団以降バイエルン一筋だったが、競争激しいチームでポジションを取ることができず、今年1月にレンタルされた選手である。しかしここで運命が激変する。短期間で一気に成長し、押しも押されぬDFの要となったのだ。専門誌KICKERによると、フンメルスのパフォーマンスは平均「3.0」とチームで2番目に高い評価を得ている。いまや移籍金の相場は500万ユーロ(約7億8000万円)にまで高騰し、A代表入りも視野に入る期待の星なのである。

 出来杉君のバイエルンにしてみれば、自分以外は全部「劣等生のび太」君だと思っていたのに、首席を譲り、無名の転校生(ホッフェンハイム)の後塵を拝すなんてプライドが許さない。スタートダッシュに失敗して8位に低迷する彼らは、歴代のブレーメンの主力選手を次々と引き抜いて弱体化を図った手口同様、新興勢力の芽を断ち切らなくてはいけない思いに駆られているのだろう。

 ドルトムントは若いクロップ監督がその独特の語り口と戦術論でチームを完全掌握しており、長期低迷からの脱出を図っている。ミーティングにわずか2分遅れただけのFWジダンには5000ユーロ(約78万円)の罰金を課した。トレーニングでは専門知識を前面に出しながら徹底的に選手の意識改革を行なっている。いつまでものび太君ではブンデスリーガで通用しないのを分かっているからこその愛の鞭なのだ。

 チームは現在、2勝2分1敗、得点9、失点10。順位はど真ん中の10位。これって、可もなく不可もない成績である。愛されるのび太君もいいけど、これだけの人気と存在感なのだ。やはりもっとブレークしてもらわないとリーグが面白くならない。そこで提案。

 相手チームにはすべて、シャルケのユニフォームを着てもらおう!

 そうやって毎週、仮想ルールダービーを演出するのである。のび太君の潜在能力を引き出すにはもってこいじゃないかなぁ? 相手がバイエルンだって勝てるチャンスが増えると思うんだけど。

 こんなおバカなアイデアが湧くのも、ルールダービーにすっかり精力を奪われたからである。ルールダービー見ずしてドイツサッカーを語るなかれ、なのだ。もしも見ないで語ろうものなら、それこそ「ルール違反」になるぞ。

 なお次回のダービーは21節、来年2月21日の予定。興味のある人は私と一緒に観戦旅行をしましょう♪

アレクサンデル・フライ
マッツ・フンメルス
シャルケ

海外サッカーの前後の記事

ページトップ