MLB Column from USABACK NUMBER
MLB薬剤汚染報告の「功徳」
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byAFLO
posted2007/12/18 00:00
12月13日、元民主党上院院内総務ジョージ・ミッチェルが、MLB薬剤汚染についての調査結果を発表した。MLB機構の依頼に基づいて行われた2年がかりの調査だったが、ロジャー・クレメンス等多数のスター選手の薬物汚染の実態を暴露、全米に衝撃が広がった。
ミッチェルは、発表記者会見の冒頭で、米国の青少年に筋肉増強剤使用が蔓延している事実を指摘、MLB機構には選手の薬剤使用を根絶する「社会的責任」があることを強調した。そもそも、MLBが自らの恥を曝すことを承知でミッチェルに調査を依頼したのも、その社会的責任を果たすためだったが、ドーピング問題についてずっと消極的だったMLBが姿勢を変えた背景には、自分の子供をステロイドの副作用で亡くした親達の努力があったので、説明しよう。
子供を亡くした親達とMLB関係者が初めて直接の接点を持ったのは、2005年3月、下院政府改革委員会が「米スポーツ界における薬剤汚染実態」に関する公聴会を開催したときのことだった。公聴会冒頭で証言に立った親達は、「スター選手の薬剤使用を黙認するのは子供達に使用を奨励するのと変わらない」と、プロ・スポーツにおけるドーピング対策の重要性を強調したが、実際、付図にも示したように、米国で青少年のステロイド使用が急増したのは、マグワイアがロジャー・マリスの本塁打記録を破った1998年以降のことだった。この年、マグワイアが男性ホルモン、テストステロンの前駆物質「アンドロ」を使用していたことが大きく報じられ、ステロイドの効果のほどが全米の青少年に知れ渡ったことが急増の原因だったとされているのである。
MLB機構が親達の「反ドーピング運動」に資金援助をしたり、薬剤使用の危険を教育するテレビCMを流したりと、社会的責任を果たすための活動に力を入れるようになったのは、この公聴会がきっかけだった。子供達が薬剤使用に走った経緯、手遅れになる前に気がつくことができなかったことへの悔い等を、淡々と、感情を抑えて述べた親たちの証言は聴く者全てを感動させたが、セリグ・コミッショナー初め機構関係者も、「自分たちの無為無策が子供達の死を招いてきた」と、その責任の重さを思い知らされたのである。
親達の証言に胸を打たれたのは、同じく証人として呼ばれていたホセ・カンセコ、マグワイア等の「汚染」選手も変わらなかった。公聴会前には「ステロイドは正しく使えばバラ色の人生をもたらす」などと吹聴していたカンセコが態度を一変、その危険性を強調する証言をしただけでなく、自身の使用疑惑については証言を拒否したマグワイアでさえも、「新たな犠牲者を出さないための活動に加わりたい」と涙声で悔いたほどだった。
ところで、今回のミッチェル報告で多数のスター選手の薬剤使用が暴露されたことについて、2年前の公聴会で証言に立った親達は、「使用選手の名を公表することは、子供達の命を救うことになる」と、大歓迎している。付図にも示したように、米国では2003年以降青少年のステロイド使用が急減しているが、減ったきっかけはバリー・ボンズ等がかかわった「バルコ社」スキャンダルが暴露されたことだったとされ、汚染選手の名を公表することには、子供達のステロイド使用に対し、絶大な「抑止効果」があると考えられているからである。
ちなみに、ミッチェル報告の「汚染」選手の中に、ブルージェイズのグレグ・ゾーン捕手の名を見つけたとき、私は「なるほど」と頷かざるをえなかった。2005年の公聴会の直後、ゾーンが「子供が死んだのを選手のせいにするな。自分たちの親としての責任の方が重いはずだ」と、証言に立った親達を厳しく批判したことをよく覚えていたからである。今から思えば、「やましさ」を感じていたからこその批判だったのだろうが、わずか2年後に自分の薬剤使用が暴露されて、子供達の命を救うのに「貢献」することになるなど、夢にも思っていなかっただろう。