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人種差別とサッカーの悲しい関係。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2005/05/11 00:00

人種差別とサッカーの悲しい関係。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 「我われの優勝は、レアル・マドリーの白いシャツより明らかだ」。

 5月8日、バレンシアに2−0で快勝し優勝まであと1勝(勝ち点3)と迫ったバルセロナのエトーはこう言い放ち、逆転優勝への皮算用をしていたレアル・マドリーを皮肉った。“魔術師”ルシェンブルゴ(レアル・マドリー監督)の読みによれば、今節終了時点で勝ち点差3と肉薄するはずだったが、それを果たせず、実質的にタイトルの行方は決まった。レアル・マドリーは連勝を7に伸ばし意地を見せたが、今季のプレーの内容と安定感を総合すると、やはりバルセロナが王者に相応しいだろう。

 それにしてもエトーは相変わらず面白いことを言う。

 「サルを見たがっていたからやっただけだ」。

 サルの鳴き声を真似る“ウッウッウッ”という黒人差別のヤジに対し、ゴールを決めた後、サルの踊りのパフォーマンスで切り返した彼のユーモアセンスと反骨心を、私は愛す。

 アラゴネス・スペイン代表監督のティエリ・アンリへの差別発言が話題になっている頃、エトーはこんな発言をしたこともある。「今こそ、黒人のように走らなきゃ」(「黒人のように働く」=「重労働する」というスペイン語の表現を皮肉って)。

 ロベルト・カルロスもその黒人差別の標的だった。

 アウェイゲームはおろかホームのサンティアゴ・ベルナベウでさえも、彼は、野卑なヤジを浴びた時期がある。昨年9月、カマーチョの電撃退団劇の首謀者と見なされた時だ。彼がボールタッチするごとに“ウッウッウッ”と奇声を発したのは、南ゴール裏に陣取る「ウルトラ・スール」の連中だ。独裁者フランコ心酔者、ネオナチら極右からアナキストら極左まで、“政治信条”(そんな高尚なものが内在するかは疑問だが)の異なるものを束ねる、レアル・マドリーのウルトラ(=フーリガン)だ。

 レアル・マドリーが5−0と快勝した7日のラシン戦では、ウルトラ・スールがまたもやセノフォビア(排外主義)を披露した。「(外国人移民は)我われを侵略し我われを殺す」との横断幕を試合中に広げたのだ。

 数日前、マドリッド近郊でスペイン人少年が殺され、犯人としてドミニカ共和国出身の少年に容疑がかかっている。移民が犯罪に関わったと疑われれば排斥しようとし、スペイン人自身の犯罪には目をつぶる――彼ららしいまことに短絡的な反応だ。

 折しも先週末、政府は不法滞在移民70万人の合法化、受け入れを終えたばかり。急増する移民たちに対するあつれきは強まっており、それはサッカー界でも例外ではない。黒人やアラブ系の選手や審判への差別的なヤジは、ここ数ヶ月、ますます野蛮度を強めている、という証言を新聞記事で読んだ。

 私は日本人でサッカーチームの監督だが、グラウンド内で差別待遇を受けたことはない。侮蔑的な言葉を投げつけられたりするのは、むしろ街角。それもここ数年ずい分減った。東洋人はアフリカ系、南米系、アラブ系移民とは違って、――少なくとも私の住むサラマンカでは――直接、生活圏を侵害する存在ではないからだと思う。

 さて、ウルトラ・スールの横断幕はレアル・マドリーのフロントにより、ただちに撤去された。

 ウルトラとクラブは伝統的に共存関係にあった。レアル・マドリーやバルセロナなどビッグクラブは、敵チームにプレッシャーをかける熱狂的な応援と引き換えにタダ券を配布。ウルトラたち無料でスタンドを埋めるとともに、一部を転売し資金源にしていた。

 この黒い関係を断ち切る動きが出てきたのは、ここ数年のことだ。

 バルセロナのラポルタ会長は、家族に対する脅迫にも屈せず、「入場料を払わぬ者は誰一人も入れない」と宣言。レアル・マドリーのフロレンティーノ会長もウルトラたちへの優遇策を撤廃し、彼らと決別しようとしている。

 レアル・マドリーやバルセロナの試合(チャンピオンズリーグのグループ予選が多い)で、ときにウルトラたちの指定席であるゴール裏がガラガラに空いている光景を目にした人もいるかもしれない。あれは、フロントの強硬な態度に抗議するウルトラたちの一種のストライキなのだ。

 横断幕の撤去まではいい。が、ラシン戦での醜聞は続いた。

 スペインで最も権威のある一般紙「エル・パイス」がその9日付紙面で、ロベルト・カルロスが、そのウルトラ・スールのリーダーに試合後、自分のシャツをプレゼントしたことを報じたのだ。掲載された写真では、上半身裸のロベルト・カルロスがシャツを手にするスキンヘッドの男と握手する様子が写っている。同紙によると、ウルトラ・スールは活動資金作りのために選手にシャツの提供を呼びかけていた、シャツはその後オークションにかけられる、という。

 かつて侮蔑の被害者であった彼が、自らその加害者のリーダーに便宜を図る構図はショッキングだった。

 もっとも、ロベルト・カルロスが資金作りの事実を認識していたかは不明。ウルトラ・スールの行動や思想に共鳴してのことではなく、単なる個人的なプレゼントだった可能性もある。

 彼だけではなく、私は、ある“銀河系の戦士”がウルトラ・スールの旗を背景にポーズをとっている写真を、ネット上で見たこともある。これも合成写真かもしれないし、騙されて撮影されたものかもしれない。

 いずれにせよ、サッカー界はフーリガンとの根深い関係を未だ断ち切れないでいる。

 「ポーランド人であるだけでも始末が悪いのに、その上恥知らずだ!」。

 翌日、エスパニョールの練習グラウンドで、エスパニョールB対オサスナB戦を観戦していたら、隣の年輩の男性が興奮してこう叫んだ。罵られた選手が本当にポーランド出身かどうかは知らない。

が、東欧諸国からの移民もこれまた急激に増えている。この試合ではまた、判定に不満を抱いた男がグラウンドに乱入し、審判に殴りかかろうとする一幕もあった。差別、暴力、そしてサッカー……。

レアル・マドリー
エトー

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