Sports Graphic NumberBACK NUMBER

世界陸上大阪の意義と問題点 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

PROFILE

photograph by

posted2007/09/05 00:00

SPECIAL FEATURES

[陸上世界選手権2007大阪]世界陸上大阪の意義と問題点

松原孝臣=文

text by Takaomi Matsubara

 9月2日、9日間にわたって熱戦が繰り広げられた陸上世界選手権大阪大会が幕を閉じた。

 1991年の東京大会以来、16年ぶりに日本で行なわれた大会だったが、世界のトップアスリートたちの活躍は、スポーツファンに大きな感動を残した。

 それはスタジアムに訪れていた観客の反応からも伝わってきた。男子100m決勝、スプリンターのスピードに「すっげー」と歓声が上がり、スタンドの中段あたりの高さをクリアしていく棒高跳びの選手の跳躍には、ため息がもれた。3冠を達成したタイソン・ゲイ、7種競技で3連覇を達成したカロリーナ・クリュフトといった、トップアスリートたちの鍛え上げられた肉体の美しさ、パワー、スピードを体感した人々にとって、陸上は今までよりも近いものになったと思う。

 日本代表の成績は銅メダル1、入賞6。ここ2大会を下回る結果に終わった。大会が始まる前、日本陸上連盟はメダル5個を目標に掲げていた。実際、中堅選手の充実ぶりもあって、メディアを中心に期待が集まっていただけに、落差は大きい。

 そのいちばんの原因は「過剰な期待」だったのではないだろうか。

 今季の状態、世界での位置を冷静に考えれば、メダルを確実に争うレベルにいる選手は、ごく限られていた。メダルを期待された選手の多くも、「ここで上位争いに加わり、北京五輪でメダルを狙いたい」と思っていたはずだ。メダル候補の筆頭だった室伏広治にしても、どうみても、周囲で騒がれていたような「大阪で金メダルを狙う」という姿勢にはみえなかった。

 だが、地元開催という事情が本心を覆い隠すことになった。大会を盛り上げるために誰もがメダル候補であるかのように取り上げられていき、選手も「目標はメダルです」「メダルをとります」と口にするようになっていった。

 その雰囲気の中で、前回のコラムでも触れたが、為末大や池田久美子は自身で把握する今季の力と期待のギャップに苦しみ、低いパフォーマンスしか発揮できなかった。

 末續慎吾や醍醐直幸、澤野大地らにけいれんや熱中症など、アクシデントが相次いだのも誤算ではあった。その原因は明確ではない。一般論として、肉体的な問題に加えて、過度の緊張から起こることもあるという。プレッシャーが影響した可能性もあるし、例年を上回る猛暑の影響もあったかもしれない。

 高野進監督は、大会を振り返り、「メダルを多く獲れそうだという期待があり、選手が本来の力以上に背伸びし、重圧を受けていました。われわれがうまく対処できれば平常心で戦えたかもしれなかったです」と言った。また、「コンディションの作り方に問題があったかもしれません」と大会半ばには口にしていた。

 本来の実力以上に高まった期待から重圧にのみこまれ、暑さ対策など準備も万全とはいえなかった。それが今大会の日本代表だった。

 だが、北京五輪を前に課題をみつけたことは意味がある。五輪本番での重圧はなまやさしいものではない。チームとして、選手個人として、先に体験できたことは北京へ向けての収穫となりえる。

 さらに若い選手たちにとっては、世界を感じるいい経験になったはずだ。

 1万mに出場した18歳の絹川愛はこう語った。「こんなに押し合いへし合いするなんてびっくりでした」。あるいは100mに出場の19歳、高橋萌木子は「差を実感できました。もっと速くなりたいって素直に思えました」と言う。

 思えば、現在、世界の上位進出を狙える位置につける中堅選手がここまで成長してきた契機のひとつは、'91年東京大会を間近に見て、この中で戦いたい、と感じたことにあった。

 日本は総勢81名、全種目フルエントリーで臨んだ。その中には、多くの若手も含まれていた。世界のトップのレベル、国際大会の雰囲気を経験したことは、北京さらにその先を見据えたとき、大きな財産になる。

 一方で、大会として運営面で問題がいくつも生じたのは非常に残念なことだった。競歩の山崎勇亀が係員に誤って誘導され失格になった一件は大きく報道されたが、それ以外にも選手宿舎へのチェックインの際の不手際、競技を終えてホテルへ戻る交通手段が確保されていなかった件など、多くの問題が起こっていた。さらに、あまり大きく報道されなかったが、女子マラソンで自転車の男性がコースに乱入したり、スタッフの仕切りが悪いために、練習用のサブトラックで選手同士が接触事故を起こすケースも何度かあったという。

 現場で感じたのは、組織委員会内の連携のまずさ、運営のシュミレーション不足である。ある海外の記者は、「日本は優秀だと思っていたのに。今回はどうしたのでしょうか」と嘆いていた。

 苦い味で終わった大会だが、日本陸上界が発展を遂げるきっかけとできるか。それは今後の取り組みにかかっている。

ページトップ