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女傑たちの記憶 『中舘英二が語る、ヒシアマゾン×ナリタブライアン』 ~秋競馬・名勝負列伝~ 

text by

江面弘也

江面弘也Koya Ezura

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photograph byHisae Imai

posted2009/10/09 11:30

女傑たちの記憶 『中舘英二が語る、ヒシアマゾン×ナリタブライアン』 ~秋競馬・名勝負列伝~<Number Web> photograph by Hisae Imai

ヒシアマゾン(右端)は、最後の最後まで三冠馬ナリタブライアンに追いすがった

 三冠馬に仕掛けた覚悟の真っ向勝負。

 勝ち馬をしのぐ内容で惜敗した馬に対して「負けてなお強し」という表現がよく使われるが、1994年の有馬記念で2着になったヒシアマゾンの場合はちょっと趣が違う。優勝したナリタブライアンとの着差は3馬身もあったし、レース中に不利とかアクシデントがあったわけでもなく、内容的には言い訳のできない完敗だった。にもかかわらず、ヒシアマゾンは「負けてなお強し」と評された。それどころか、すばらしく強い牝馬だと絶賛されたのである。

重賞6連勝中のヒシアマゾンだが有馬記念は6番人気に。

 あの年の有馬記念は三冠馬ナリタブライアン一色に染まっていた。皐月賞3馬身半、ダービー5馬身、そして菊花賞は7馬身差。三冠レースで示したナリタブライアンの強さは、少なくともあの時点では、「史上最強馬」という評価が定まっていた'84年の三冠馬シンボリルドルフを凌駕していた。

 対するヒシアマゾンは6番人気の評価でしかない。ここまで11戦8勝、2着3回、アメリカ生まれゆえクラシックには出られなかったが、阪神3歳牝馬ステークス(現阪神ジュベナイルフィリーズ)とエリザベス女王杯とふたつのGIに勝ち、クイーンカップからエリザベス女王杯まで重賞6連勝を記録している。これはメジロラモーヌ、タマモクロス、オグリキャップと並ぶ当時のJRA記録であった。それでも評価が低くなったのは、メジロラモーヌでさえ有馬記念では9着に惨敗したように、どんなに強い牝馬でも中長距離のGIで牡馬の一線級と伍するのは簡単ではないと思われていたからだ。

鞍上の中舘騎手は「相手はナリタブライアン1頭」と思っていた。

 しかし、騎乗した中舘英二騎手は、チャンスはあると思っていた、と言う。あのナリタブライアンを相手に、である。

「それまでのヒシアマゾンは負けてはいけない立場だったので、うしろから行って、大外を通って、着差は小さくても最後に勝てばいいというレースをしていたんです。でも、有馬記念は気楽な立場だったので、あの馬の理想とする競馬ができると思ってましたから」

 それまでのレースはほかの馬と一枚も二枚も力が違っていたから、コースロスはあっても不利を受ける可能性の少ない大外を回りながら、最後にちょっとだけ前に出ればいいという“安全運転”に徹していた。しかし、有馬記念では「ナリタブライアンを負かす競馬」をしようと中舘は考えていたという。

「少しでも内を回って、馬場のいいところを走り、折り合いをつけながら行けば、ナリタブライアンが相手でもチャンスがあると思っていたんです。あの年の有馬記念はかなり強いメンバーが揃ってましたけど、相手はナリタブライアン1頭だと思ってました」

<次ページへ続く>

► 【次ページ】 唯一の欠点であるスタートの悪さが功を奏する展開に。

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