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“ル・ブル”は幻想か? 

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

PROFILE

posted2006/06/26 22:41

 「俺はアンリにはマジで怒ってるんだ。あいつのせいでスイスに勝てなかった。世界最高のストライカーなんて大嘘だ。もしそうならば、バルセロナとのチャンピオンズリーグ決勝でも、二度あった得点チャンスで追加点をあげて、アーセナルは勝っていたはずだ。周囲との連携もまったく取れない。あいつが諸悪の根源だ」

 フランス対スイス戦の翌日、プレスセンターで出会ったマルコ・アンブロジャーノ(オンズ・モンディアル誌)は、私の顔を見るなり堰を切ったように喋りだした。アンブロジャーノの怒りは、多くのフランス人記者が多かれ少なかれ感じていることだった。さらに言えば、対象がアンリであれ誰であれ、あの試合を見たすべてのフランス人が感じた怒りでもあった。

 フランスが初戦でスイスと引き分けた。主だった強豪国がすべて勝ち星でスタートを切ったなか、フランスだけが頭ひとつ出遅れた。相手が伸び盛りのスイスとはいえ、パフォーマンスの低調さはいかんともしがたかった。

 「ここまで見たワールドカップの試合のなかで最低だ」と、フランス・フットボール誌のフランソワ・ベルドネもいう。

 ジネディーヌ・ジダンら一度は代表を引退したベテランたちの復帰で、フランスは危機的な状況を脱したのではなかったのか。「このワールドカップを最後に、現役を引退する」というジダンの言葉に、チームはひとつにまとまったのではなかったのか。

 現実はそうではなかった。いったいフランスに、何が起こっているのだろうか……。

 時間は大会前に遡る。5月27日、スタッド・ド・フランス(パリ)で行われたフランス対メキシコのテストマッチ。試合を取材した私は、ジダンのあまりの出来の悪さに衝撃を受けた。後半7分で退いたジダンは、すでに引退した選手のようなプレー内容だった。

 遅い。動かない。ミスが多い。それは全盛期のジダンの、影ですらなかった。長期合宿の途中であり、疲労が蓄積していること。自身もフィジカルを不安視していること。「大会が近づけば、調子は上向くだろう」とコメントしていたが、彼の時代はすでに過去のものになってしまったことを、大会前に意識せざるをえなかった。

 その後、デンマーク戦(5月31日、ランス)、中国戦(6月7日、サンテチエンヌ)と、ジダンは言葉通り徐々に調子を上げていく。それとともにフランス代表も、次第にチームの形を整えていった。ジブリル・シセが怪我で戦線を離脱するまでは。

 中国戦までの3試合を、フランスは4-3-1-2システムで戦った。3人のボランチがゲームメイカーのジダンをサポートし、ジダンが前線のストライカー2人を操る。ジダンが好むジダンのためのシステムである。

 このシステムの最大の問題は、アンリのパートナーとなるストライカーを誰にするかだった。ダビド・トレゼゲもニコラ・アネルカも、テストでうまくいかなかった。答えがようやく出た矢先のシセの離脱に、レイモン・ドメネク監督はシステムの変更を決断する。彼はスイス戦に、4-2-3-1システムで臨んだのだった。

 相手に合わせての変更ではない。ジダンのシステムを維持できない以上、別のやり方で戦うしかないというドメネクの判断だった。

 4-2-3-1は、アンリが好むアンリのためのシステムである。アーセナルはアンリ中心に攻撃のシステムを構築し、大きな成功を収めている。中田英寿同様にオープンスキルに優れたアンリは、目の前に広いスペースがあってはじめて力を発揮する。アンリには1トップが最適であった。

 攻撃の中心に君臨するアンリ。フランス人たちは彼を、歴史上の王(アンリ4世)に例えてロワ・アンリ(アンリ王)と呼んだ。

 ドメネクも、代表監督就任当初は、アーセナル同様にアンリ中心のシステムを作ろうとした。だが彼の周囲に配した若い選手たちは、限られた練習時間ではアンリとの呼吸が合わず、国際舞台の経験も不足していた。

ジダンの復帰がもたらした、フランスの新たな課題。

 ジダンの復帰とともに、ドメネクは新たな課題──アンリとジダンをいかに共存させるか──に直面した。ウィングを使わないジダン好みのシステムでは、クローズドスキルに優れたトレゼゲのほうが、アンリよりも適している。しかしトレゼゲは、今シーズンは故障がちだった。さらに彼は、なぜかフランス代表では、スタメンよりもジョーカーとして途中出場するほうがよく得点した。

(以下、Number W杯臨時増刊第2号へ)

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