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北海道日本ハムファイターズ「残念だったね、また来年!」 

text by

熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

PROFILE

posted2004/11/04 00:44

 北海道における今年最大の変化を挙げるとすれば、これに尽きるのではないか。

 「今日、勝ってますか?」

 「ええ、勝ってますよ」

 タクシーの運転手さんとお客さんの、よくある何気ないやり取り。それが、こうなった。

 「今日、勝ってますか?」

 「ええ、勝ってますよ」

 実は一字一句、同じである。だが、その会話が指すものが変わったというのだ。

 「北海道というのは元々、僕もそうですが巨人ファンがとても多い土地柄で、タクシーの運転手さんも巨人ファンばかりなんですね。ですから、いままでは“今日、勝ってますか”というと、それは無条件で巨人のことだったんです。でも、それがいまや日ハムのことになっているんですよ。その変化があまりにも早かったんで、僕も本当に驚いているんです」

 こういって、北海道テレビ(HTB)のアナウンサー谷口直樹(28)は頬を緩ませた。

 北海道に本拠地を移し、しかも人気者の新庄剛志を獲得したことで、あの地味で弱い日ハムが人気球団になった。石ころがダイヤに化けたのである。そのことは東京に住む筆者も、毎日のように「新庄」の二文字が躍るスポーツ紙の紙面から察することができた。ところが、どうやら地元、北海道の熱気は我々の想像を遥かに越えたものであるらしい。

 「日ハムがスポーツ紙の1面を飾ることなんて、こっちでは少しも珍しくないですよ。西武とのプレーオフ第2戦に勝った翌日も、当然のように1面になっていました」

 大いに驚いてもらいたい。その日、メジャーリーグではイチローがシーズン257本目のヒットを放っていた。ということは、日ハムの1勝が、イチローの世界新記録さえも凌駕したということになるではないか。

 HTBはプレーオフ第1ステージの3戦目を生放送したが、広報部長の土井巧(46)によると、この試合は常識外れの視聴率を叩き出したという。

 「日曜の午後、つまりゴールデンタイムじゃないというのに平均視聴率は22・3%、占拠率は46%にも上ったんです。道内でテレビを見ていた人の半数近くが、あの試合を観ていたんですよ。こんな数字、大物タレントが何人出ても無理でしょう。ゴールデンタイムの巨人戦も、いつもは10%前後なんですから」

 北海道における日ハムは、巨人やイチロー、それどころか、たけしやさんま、松嶋菜々子が束になってかかってきてもビクともしないのだ。繰り返すが、あの日ハムが、である。

 ところで、この第1ステージ3戦目は、放送枠の都合上、木元邦之が起死回生の同点ツーランを放った9回表終了時点で打ち切られてしまった。そのときの反響、いやクレームは、非常に印象深いものがあったという。土井は嬉しそうに振り返った。

 「巨人戦のときとはクレームのトーンがまるで違うんですよ。巨人戦だと、多くが“いい加減にしろ”という感じなんですが、あのときは“お願いだから、最後まで見せてくれよ”といった、何というか……魂の叫びなんです。“結果は?”と聞かれて、“サヨナラ負けです”と答えると、“ああ……来年も放送してくれよ、おめえんとこ、いちばん放送してくれたからなあ”とか、“谷口に頑張れって伝えてくれよ”といった温かい声ばかりで。それは、自分たちが支えているチームなんだという実感があるからですかねえ」

 巨人はしょせん東京の球団だ。いくら応援しても、自分たちがチームを支えているという実感は得られなかったのではないだろうか。だが、今年からの日ハムは違う。正真正銘の地元の球団である。そこのところが何といっても、応援しがいがあるというわけだ。

 もっとも、プレーオフに至るまでの道のりは長く険しかった。新庄を主演に据えた勇者たちの大河ドラマは終盤、驚くべき盛り上がりを見せたのだが、その一方で、シーズン半ばあたりはずいぶんダレた内容になってしまっていたことも事実だった。谷口が言う。

 「正直、退屈な試合は多かったですね。視聴率は悪いし、お客さんも5000人程度しか入らないような時期もあって……。投手陣が弱いんで、先頭打者を四球で出して打たれるとか、肝心な場面で必ず打たれるとか、そういうのがとにかく多いんです。僕は現場でよりも、録画放送のために局のブースに篭ってひとりで実況をすることが多かったんですが、これは苦行に近かったですよ。ある試合では出る投手が次々に打たれて、8回の表裏だけで1時間かかったりして。ウチは “応援実況”のノリなんで、大量点を奪われても、“打線の反撃を待ちましょう”なんていってしのぎましたが……」

 プロ野球のチームを応援すること、それは耐えるということでもある。それが日ハムであれば、なおさらだろう。おそらく選手たちも、そんなファンの心境は理解していたに違いない。1年目が何ひとつ報われない苦行に終わったとしたら、いくら大らかな北海道の人々も自分たちを見捨ててしまうのではないか……。だからこそ、彼らはガムシャラになった。試合でも、試合以外のところでも。

 「札幌での開幕戦のとき、勝ち投手になった金村曉がお立ち台で、“なまら最高です ”って叫んだんです。なまらというのは北海道の方言で、とてもという意味。最近は、あまり聞かないですけどね。あとは抑えの横山道哉が自らマイクを手に、 “北海道が大好きです”ってやったり。どうやら新庄さんが、お立ち台では馬鹿になれって裏で指令を出していたらしいんです。選手たちは、北海道に溶け込むことに必死になっていたんですね。ファンも、それを見て大喜びしていましたよ」

(以下、Number614号へ)

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