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青木真也、ついに夢を背負って立つ。 

text by

布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

PROFILE

photograph byKotaro Akiyama

posted2008/05/15 17:30

青木真也、ついに夢を背負って立つ。<Number Web> photograph by Kotaro Akiyama

 4月4日、都内某ホテル。DREAM.3ライト級GP二回戦の対戦カード発表記者会見は、予定の午後1時を過ぎても一向に始まる気配がなかった。

 「誰か到着が遅れているだけだろ」

 集まった記者たちからそんな声が聞こえる中、ようやく会見が始まったのは30分近く遅れてのことだった。まずは笹原圭一イベントプロデューサーから、3月15日の一回戦でノーコンテストになったJ・Z・カルバンvs.青木真也戦の裁定についての説明があった。

 「試合のビデオを何度も見ましたが、カルバンのヒジが青木の首すじに当たっているかどうか。非常に微妙で判断しづらい。トーナメントの特別ルールを見ると、ノーコンテストならカルバンが勝ち上がり、反則なら青木が勝ち上がる。しかし、最終的にどちらとも言えないという判断で没収試合という形になり、あらためて再戦してもらえないかと頼んだところ、二人とも快諾してくれました。4月29日のDREAM.2で再戦を組みます」

 と同時に、青木vs.カルバン戦の勝者が12日後のDREAM.3で永田克彦と対戦することも合わせて発表された。ただ、このカードについて、笹原イベントプロデューサーは言葉を付け足した。

 「これは決定ではなく、プロモーターとして希望のカードです。一回戦のケガでできないということもありえますから」

 この時、会見に出席した青木は、いつになく不機嫌な表情を浮かべていた。抱負を求められると、重苦しい様子で口を開いた。

 「いろいろ言いたいこともあるけど、この気持ちを試合にぶつけたい。勝ちたいではなく、勝ってみせる」

 続いて、3月15日の初対決で没収試合の引き金となった首のケガについて聞かれると、青木は質問をさえぎるようにして言った。

 「試合をするってことですから。試合の準備をするだけです」

 二回戦について水を向けられると、青木はさらに苛立ちを強めた。

 「まったく聞いていない。あくまで主催者の都合であって、僕の都合ではない。4月29日に100%ぶつけるだけです」

 ひと通り話し終えると、青木は手にしたマイクをテーブルに投げ捨てた。ゴトッという音が低く響き渡った。これ以上の質問はもう受け付けないと言わんばかりの態度。そこにいつもの陽気で明るい青木はいなかった。

 原因は、会見直前に行なわれた主催者側とのやりとりにあった。そこで青木vs.カルバン戦の勝者が二回戦で永田と対戦することを初めて聞かされたのだ。しかも、これから会見でその旨を発表するという。

 「ちょっと待って。僕は聞いていない」

 自分の知らないところで、試合が事後承諾という形で勝手に決められていく。当然、青木は事情説明を求めた。会見の開始が遅れたのはそのせいだった。「決定ではなく、希望のカード」というはっきりしない発表の仕方は、選手側と興行側、お互いが妥協できるギリギリの線だったのだろう。

 昨年春、PRIDEが活動を休止して以来、青木は言いたいことを呑み込む術を覚えた。当然だと思うことを主張しても無駄なことが多いと悟ったからだ。要はとらえ方の問題だ。

 「呑み込みはするけど、それに染まるわけじゃないんです。この世界にはいろいろな考えを持っている人がいて、誰もが同じ方向を向いているわけではないから、自分と違うベクトルの人とケンカしても仕方ない」

 だが、どうしても呑み込めないこともある。このことがまさにそうだった。相手はHERO'Sミドル級絶対王者のカルバンだ。たとえ勝ったとしても無傷で終わるとは思えない。試合と試合の間がいくらなんでも短すぎる。

 「ふざけるなと思いましたよ。真剣に家に帰ろうかなと思いましたからね。すでに大会日程が決まっているという興行側の事情はわかっているつもりだけど、一人の選手として素直にうなずくわけにはいかなかった」

 格闘技のビッグイベントには、興行と競技の二つの側面がある。しかし、今回の一件はあまりにも興行が優先されすぎている。青木もそう簡単に納得することができなかった。

 「大人が一生懸命やってもうまくいかないんだから、僕ら子どもがああだこうだ言っても仕方ない。興行があるから、僕らはやらせてもらっている部分もある。だからといって競技の部分をあきらめているわけじゃないですよ。それがマスリングで大きく注目されている選手の責任だと思う」

 納得いかないことは、ほかにもあった。

 「カルバン戦って、青木が途中で逃げたんでしょ?」

 「青木って弱虫じゃん」

 世間の風評は、当事者の耳にもすぐに入ってきた。脊椎を攻撃されて右腕がしびれたというのはギミックで、途中でカルバンの強さに青木がサジを投げたという噂まで流れた。手のひらを返すかのような態度をとる人が多かったことに悔しさを覚えた。

 「正直、なんで? という気持ちはありましたね。僕の格闘技人生は、嘘をついたり裏切ったりしてやってきたわけじゃないから」

 世間の冷たさを肌で感じた。

【次ページ】 カルバンとの初戦で恐怖心は抱かなかった。

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