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迷走ベイスターズ、大矢の体は今日も硬い。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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posted2008/07/10 00:00

 外国人選手の補強の失敗。先発陣の崩壊。エース三浦大輔の二軍落ち。投手陣の心の支えである工藤公康も再起のめどが立たない。スタンドから起きる「辞めろコール」。これでは横浜・大矢明彦監督ならずとも、頭を抱えたくなるのも良く分かる。その上、楽天・野村克也監督に、「ウチとそんなに戦力では変わらない。次にワシを雇ってくれんかな」と言われてしまえば、監督采配も悪いと言われているようなものである。

 がけっぷちの大矢監督だが、そもそも監督再就任の背景に問題があった。フロントの判断は、'98年の日本一は権藤博監督の下であったが、その基礎を築き上げたのは前年まで監督を務めていた大矢明彦であり、退任しなければ日本一になったはず、というもの。しかし、謹厳実直な人柄には権藤氏のような思い切りの良さや、意外性はない。今の若いチームにとってはあまりに無難な監督だった。

 一方で、大矢監督の起用法に首をかしげたくなる部分もある。石井琢朗、鈴木尚典ら'98年のVナインや、仁志敏久らのベテランに対しての遠慮が、思い切った若手の抜擢を妨げているように見える。

 6年目の捕手、武山真吾を使った次の試合では、すぐに14年目の相川亮二を起用する。目先の1勝にこだわるあまり、若手を起用し続ける我慢強さが見られない。チームの先行きに不安を感じた相川や金城龍彦ら主力選手がFA権を行使し、チームを離れるのでは、という噂話もあるほどだ。

 かつて「球界の寝業師」といわれ、西武、ダイエーで辣腕をふるった故・根本陸夫は、「チーム作りには長期的な視野の『補強』と、その場しのぎの『補充』がある」と語っていた。生え抜きの小池正晃、鶴岡一成らを放出し、石井裕也、真田裕貴を獲得したが、これでは『補充』に過ぎず、再生はありえない。

 結果が出ていない中で、周囲の雑音も多く、監督の心労も並大抵ではないだろう。広島のとあるマッサージ師が語った言葉が思い出される。「お客さんの体も硬いけれど、もっと硬かったのは横浜の大矢監督だよ。監督には辞めないでがんばって欲しいね」。

 「情熱は失っていません」と辞任を否定した大矢監督。交流戦は3連勝で終えたが、チーム再建への道のりは、険しい。

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