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努力と我慢を貫いて、有森裕子、爽やかな引退。  

text by

藤山健二

藤山健二Kenji Fujiyama

PROFILE

posted2007/03/08 00:00

 女子マラソンの有森裕子(リクルートAC)が引退した。3万人のランナーが都心を走った東京マラソンに出場した有森は、22.7km付近で後続のランナーと接触して転倒。腰を強打した上に両手両ひざを裂傷し、血染めのレースとなったが、全盛期そのままの粘りで見事に完走した。レースはもちろん、練習でも5年余り40kmを走っていなかったのに2時間52分45秒で走り抜いたのは、立派の一言。「人間、やる気になれば何でもできる」という信念を最後まで実証したヒロインに、心から拍手を送りたい。

 「1%の才能と99%の努力」という言葉が、これほど当てはまる選手は他にはいないだろう。股関節脱臼で生まれたために他の子供よりも歩き始めるのが遅れ、今でも両足の長さが違う。身体も硬く、ストレッチではほとんど前屈することができない。それでも'92年バルセロナ五輪と'96年アトランタ五輪でメダルを獲れたのは、人知れぬ努力と不屈の闘志があったからこそ。もちろん、グラウンド外での功績も忘れてはならない。日本初のプロランナーとなり、今では当たり前になった選手の肖像権の自己管理や、CM出演にも道を開いた。選手としても人間としても、有森が日本のスポーツ界に残した足跡は大きい。

 そんな有森がレース後、こんなことを言っていた。「今の選手たちには我慢する、耐えるという気持ちが欠けているのではないかと思うことがあります。素質がある選手は我慢すればもっと伸びる。素質がなくても、我慢していれば必ずいいことがあるんです」。選手のマネジメント会社「ライツ」の取締役を務める有森は、各地で市民レースに参加したり、ジョギング教室を開催したりして若者や子供たちに接している。そんな時に必ず話すのは「努力すること、我慢することの大切さ」だという。最後のレースも、寒さと負傷で途中棄権すらおかしくない状況だったが「我慢していたら、そのうち痛みや疲れを感じなくなった」という。同じレースで惨敗を喫した男子選手には、耳の痛い話だろう。

 今後も市民レースやイベントを通じて「社会への貢献」を続ける。NPO「ハート・オブ・ゴールド」の代表として「世界の平和に貢献したい」という夢もある。有森物語の第2章はこれからだ。

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