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ジェネレーションK、諦めなかった男たち。 

text by

出村義和

出村義和Yoshikazu Demura

PROFILE

photograph byYukihito Taguchi

posted2004/07/15 00:00

ジェネレーションK、諦めなかった男たち。<Number Web> photograph by Yukihito Taguchi

 汗がしたたり落ちる。心地よさそうにタオルで拭う。デビューした頃に比べて、少しだが髪の毛が後退している。全米ドラフト1位でメッツに指名されてから10年の歳月が流れた今季、レッズのポール・ウイルソンはメジャー最高のシーズンを送っている。6月27日現在、7勝2敗、防御率3・69。リリーフ陣がリードを守り切っていたら、リーグ10勝一番乗りを果たしていただろうともいわれている。

「もう31歳になるんだよね。僕の場合、何だか中間がなくて若手から一気にベテランになってしまった感じがするよ」

と、やさしげな笑みを浮かべて語る。

 '90年代半ば、95マイルの剛球を持つウイルソンは同年代のジェイソン・イズリングハウゼン、ビル・パルシファーとともにメッツの将来を担う三本柱となり、その中心として活躍するだろうと見られていた。そして、球団は3人を『ジェネレーションK』(奪三振世代)と命名して大々的に売り出した。

 ところが、期待通り1年半でメジャーデビューを果たし、ローテーション入りしたものの、すぐに右肩を痛めてしまう。完治しないままに投げたのが原因で、翌春には結局手術を受け、開幕のないまま閉幕を迎えることになった。その後も右肩痛の再発、右ヒジの故障などに泣かされ続け、3年半もの間メジャーに上がれずにいた。そしてとうとう'00年のシーズン途中でデビルレイズに放出された。

「みんなに騒がれていた頃は、10年たったら3人でチームを引っ張って2度ぐらいはワールドシリーズで優勝できる気がしていた。でも、現実は3人とも同じような故障に悩まされてメッツを去ることになった。人の運命なんてわからないね」

 度重なる手術で球速は失われ、90マイルを計時することも稀だ。今ではシンカー、チェンジアップ主体の技巧派である。

「僕は全く別の投手になってしまったけど、あの頃に比べていい投手になっているはずだし、いい野球選手にもなっていると思う。ジェイソンはカージナルスでクローザーとして頑張り、ビルは独立リーグで再起を目指している。3人とも諦めなかったんだ。いつか、昔の話を肴に一緒にビールでも飲みたいね」

“遅れてきたエース”は涼しげな眼差しで、そういった。

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