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F・ニッポンに戻った、高木虎之介がもたらすもの。 

text by

大串信

大串信Makoto Ogushi

PROFILE

posted2005/03/03 00:00

 高木虎之介が、今季全日本選手権フォーミュラ・ニッポンに参戦することを発表した。今年31歳になった彼は、'92年に四輪レースデビューを果たすと、翌'93年にはF3、'94年のF3000スポット参戦を経て、'95年にはF3000シリーズ2位に入る活躍を演じた。この勢いに乗って、'98年にはF1に参戦、'01年からはアメリカに活動の場を移していた。

 問題は、高木の国内レース復帰を「撤退」と見る向きである。確かにF1やIRLなど欧米のレースを至上のものと考え、そこからすべてが始まるとする原理主義からするならば、生まれ育った日本へ舞い戻る高木は敗北したと言えるのかもしれない。だがわたしは、近代世界のモーターレーシングにおける日本の意味をそれほど軽いとは思わない。

 F1が世界のトップ。この事実に異論を挟む気はないが、そこには様々な事情が複雑に入り込んで必ずしも選手にとって「磨き上げたワザを武器に乗り込んでいける場」ではなくなってしまった。それでも、こだわるならばこだわればいい。それを否定はしない。

 だが、競技者として自分の持てるワザを余計なしがらみやビジネスと切り離して発揮できる場があるならば、そこで闘いたいと思う気持ちは、最大限に尊敬したい。ブレーキを遅らせ誰よりも深くコーナーに飛び込み向きを変えて駆け抜ける高木のワザは、いまだに国内で当時それを目撃した人々の中では伝説となっている。高木がそのワザを繰り広げる場として日本を選んだのであれば、国内でレースを眺める我々は、彼の日本復帰を悔やむどころか、歓喜の声をもって迎えるべきではないか。

 実は高木は'00年、一時帰国しF・ニッポンに参戦、対抗馬であった本山哲を打倒してシリーズ8勝を挙げて王者となった。だが、当時と今とではF・ニッポンをとりまく状況は大きく変化している。高木もそうやすやすとはライバルを押しのけることはできまい。

 F・ニッポンをはじめとして、国内で開催される四輪レースは明らかに曲がり角を迎えている。F1という異常な神から脱却して、実務を成立させるために、そろそろ思い切った様々な試みが為されなければならないときだ。「後進を育てることもひとつの目的」という高木のニッポン復帰を、非常に前向きで戦闘的で戦略的な決断だと高く評価したい。

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