SCORE CARDBACK NUMBER

立志伝中のレーサー、井出有治の意外な過去。 

text by

大串信

大串信Makoto Ogushi

PROFILE

photograph by

posted2005/03/31 00:00

 「世代交代」などと簡単に口にするけれども、考えてみると随分と重みのある言葉である。と書くわたしも今、奇妙な世代交代の重さを感じて嬉しいやら慌てるやら絶望するやら、複雑な気持ちである。

 昨年来、全日本選手権フォーミュラ・ニッポンで井出有治という新しい選手の活躍をお伝えしてきた。実は彼とのつきあいは案外長い。

 10年以上も昔、わたしはレーシングカートに熱中して原稿書きも忘れてカートコースを走り込んでいた。その頃、わたしの知り合いが小間使いに連れてきたのが井出だった。当時彼はすでにレースの世界に足を突っ込んではいたが、実力を広く世間に認められたわけではなく、手持ちのお金が尽きれば何も乗れずレースすることができなくなり、しかたなく夜な夜な新宿二丁目の盛り場で、マニアショップのアルバイトをして糊口をしのいでいた。

 だから時間があった。それで我々が遊ぶときの小間使いにコースへ呼び出されては、なにかといえば整備やら備品の用意やら運搬やらといいように使い走りをさせられていた。

 その後彼がたどった道は、もう立志伝のように語られるようになったが、ひとくちで言えば彼は「これではいけない」と一念発起、これがだめだったらレースをやめる、という覚悟をしてフォーミュラドリームに挑戦。そこでチャンピオンとなって、メジャーデビューを果たし、今に続く道を切り開いた。今や彼はスーパーGT(昨年までの全日本GT選手権)と全日本フォーミュラ・ニッポンで、あの星野一義率いるインパルと契約、両シリーズで優勝を記録、チャンピオン候補に挙げられる国内トップ選手のひとりになった。

 あの井出が、今や取材者のわたしに対して次回のレースに向け抱負を語る。世代は確実に流れている。恐ろしいことだ。当然井出世代の選手がここへ立っているからには、押し出されていってしまった選手があちこちにいるということなのだから。

 今年、井出はインパルと契約を継続、ブノワ・トレルイエ、本山哲という異例の3台体制でシリーズを闘う。3人の王者候補者が1チームで闘うシーズンは珍しい。取材用録音機を向けると井出は「今年は絶対F・ニッポンのチャンピオンを獲りますよ」ときっぱりと言い切った。正直なところ、あまり急に大選手になって欲しくない気持ちもした。

ページトップ