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意義ある記録を達成。
阪神金本の心構え。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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photograph byHideki Sugiyama

posted2004/08/26 00:00

意義ある記録を達成。阪神金本の心構え。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

 選手にとって一番大切なことは何か、それを甲子園球場にいたファンもナインも知っていた。だから阪神・金本知憲が記録を達成すると沸き起こった拍手は止むことがなかった。

 '99年7月21日から701試合連続フルイニング出場は、同じ阪神の三宅秀史の700試合を42年ぶりに更新する新記録。連続して試合に出場するだけでも大変なのにフルイニングというのは並大抵の記録ではない。

 3日前に左手に死球を受け、バットを握れない状態だった。星野仙一前監督に「監督にとって一番ありがたいのは、試合に出続けてくれる選手なんだ」と言われたこともあった。だが、右手しか使えない自分がチームのためになるのか。岡田彰布監督に「勝つことを優先して下さい」と直訴した。岡田監督の答えは「4番で行ってくれ」。記録は達成したがチームは巨人に敗れた。試合後、金本は「ここ3試合は記録のためだけで出さしてもらっている自分がある。いつまでも甘えていられない」と敗戦の責任を背負っていた。

 これまでも金本の体は何度も悲鳴を上げていた。長年の蓄積疲労で、肉離れは股関節近くにまで及び、普通の人ならベッドに寝たきりになってもおかしくないほど。しかし、アリアス、片岡篤史が戦列を離れた時期、4番の自分がチームを抜けるわけにはいかないと、試合に出続けた。心配する人には「試合に出れる限りはケガじゃない」と言っていた。

 そんな金本も入団当初から強い意志を持っていたわけではない。広島入団2年目には42試合にしか出場できず、新監督の三村敏之には「ケガで休むようなヤツはもう使わん」と言われてしまった。以来、金本は自分の体に金をかけるようになった。自宅にトレーニングルームを作り、専用トレーナーも頼んだ。手の痛みでバットが握れなくなった時は、それを和らげるためにグリップの太いタイプに変えたこともある。全ては「ケガをすれば、全てをなくす」という思いからだった。

 「いろんな経験をしていると知恵がつきますから」という金本。目標はカル・リプケン(元オリオールズ)の持つ903試合連続フルイニング出場記録。さらには広島の先輩である衣笠祥雄の日本記録2215試合連続出場とあるが、これらも自らのステップアップのための通過点に過ぎないのかもしれない。

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