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マンネリズムを越えて、25年目の「熱闘甲子園」。 

text by

城島充

城島充Mitsuru Jojima

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photograph byHideki Sugiyama

posted2005/08/18 00:00

マンネリズムを越えて、25年目の「熱闘甲子園」。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

 今年も球児たちの夏が始まった。筆者は社会部記者時代、何度か甲子園取材に走ったことがある。勝者の歓喜と敗者の涙、家族、師弟、友の絆……。「感動」のひな型は決まっていて、それにはまる情報を集める作業に追われた。ネタが尽きると、去年のスクラップと同じような記事を並べたこともあった。

 朝日放送の「熱闘甲子園」は、そんな究極のマンネリズムと真正面から向き合ってきた。

 番組が始まったのは'80年だから、もう25年も球児たちの物語を紡いできたことになる。視聴率は池田高校の活躍で34.9%を記録した'82年のような盛り上がりこそないが、深夜枠に移行してからも10%台をキープしている。

 球児の素顔や背景のドラマを試合展開と重ねる手法も変わらないが、そこに作り手としての葛藤はないのだろうか。

 「確かに僕らのやり方もマンネリかもしれませんが、そのなかにいつも新鮮な感動がある。時代の変化が激しくなってすっと感情移入できるものが少なくなったからこそ、球児たちがいつも見せてくれる変わらない涙や汗が、大きな価値を持ってくるんです」と、番組プロデューサーの木村進は言う。

 例えば今年の夏も、地方予選でこんな場面があった。

 春夏連続出場の夢が断たれた山形・羽黒高校の日系ブラジル人留学生、片山マウリシオ君はチームメイトから《お前のおかげでここまでこれた》と肩を叩かれて号泣した。

 《ごめんなさい》と声を絞り出したエースにこんな言葉がかけられる。

 《そんな日本語は忘れろ……》

 彼らのやりとりには、台本もそれを伝える側の意図も介在しない。「そんなありのままの姿で感動を伝えたい」と話す木村は、かつて上司からこう言われた。

 《どんな大会でも、やってるうちに凄いチームや選手が出てくるんだよ》

 テレビマンとしてのキャリアを積んだ今、その意味がよくわかるという。

 「どれだけ事前取材をしていても、僕らの予想を超えたドラマが起こることがある。そんな時、僕らも現場で泣きます」

 この夏、マンネリズムを超越した感動を彼らがどう伝えるのか。「想定外」のドラマが生まれる瞬間を待ちたい。

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