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4年後も見据えて。学生たちの熱い戦い。 

text by

大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

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photograph byNobuhiko Otomo

posted2007/09/20 00:00

4年後も見据えて。学生たちの熱い戦い。<Number Web> photograph by Nobuhiko Otomo

 剥き出しになったグラウンド。1カ月前には青芝が輝いていた場所が、砂塵を巻き上げている。

 日本代表がW杯本番に備え「イタリアの菅平」(太田治・日本代表GM)アオスタで合宿に打ち込んでいた頃、日本の菅平では若者たちが自らを鍛えていた。

 「悔いのないシーズンにしたい。日本の大学生の中で一番活躍したいです」

 砂まみれの顔で、山田章仁は言った。7人制で行われた昨年12月のドーハ・アジア競技大会ラグビー決勝では、後半ロスタイムに劇的な逆転サヨナラの金メダル・トライ。国内の試合でもスリリングでスペシャルなトライを量産し、近未来のジャパンを担うと期待されるフィニッシャーは、慶大の学生として最後の夏を菅平で過ごしていた。8月26日、関東学院大との練習試合には7対24で敗れたが、山田は学生王者の分厚い壁に何度も挑み、集中タックルを浴びてもなお強烈なオーラを発して前へ突き進んだ。

 試合後の山田は顔をしかめた。

 「まだまだです。持ったボールは全部、トライラインまで運びたい。カントーは強かったけど、もっとガツガツ行けばトライまで持って行けた場面があった」

 よく似た言葉を聞いたことがある。W杯への出発を控えた大畑大介に、これまでのW杯のベストメモリーを尋ねたときだ。世界最多トライ記録を持つジャパンのエースは答えた。

 「まだないです。'99年のウェールズ戦のトライ、と言われるかもしれないけど、あの試合ではもう1回トライチャンスがあった。そこで反応しきれなかった悔しさは今も残ってます。テストマッチではチャンスは多くないし、確実に反応しないと。その点については僕は貪欲です」

 取ったトライに酔うよりも、取れなかったトライの「なぜ」を問う。そうしてエースは世界に挑み続けてきたのだ。

 菅平で山田が壁に挑んだ同じ日の未明、イタリア合宿中のポルトガル戦で、大畑の左アキレス腱は切れた。3日後に関西空港に帰国した大畑は「もう一度桜のジャージーを着る」と代表復帰を宣言した。

 復活する大畑を乗り越えなければ次のW杯もない。山田ら若く才能あるフィニッシャーたちは、どんなトライへのこだわりを見せてくれるのだろう。

 世界へ続くシーズンが、幕を開ける。

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