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新監督ブラウン就任で、「赤ヘル旋風」の予感。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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posted2005/11/24 00:00

 チームが外国人監督を招へいするときは、2つのケースがある。根底からチームの改革を頼むというロッテ・バレンタイン流と、次代の監督へのつなぎ役を任すという日ハム・ヒルマン流だ。広島の新監督ブラウンは、明らかに後者である。

 広島はこの8年間、Bクラスが続いている。FAによる主力選手の放出、高卒ルーキーを育成しながらのチームづくりなどの事情もあり、声がかかったOBも監督就任には二の足を踏んでいたと聞く。こういうときは何のしがらみもない外国人監督の起用が、思い切った育成を可能にさせる。そこで白羽の矢が立ったのが、マーティ・ブラウン。'92年から3年間、広島でプレーした後、指導者となり、3Aバッファローでは最優秀監督にも選ばれた。'09年に新球場建設の予定がある広島は、そこで今季引退した野村謙二郎を監督デビューさせたいという動きがあり、ブラウンはそれまでのつなぎとしては、うってつけの“育成のプロ”である。

 今でこそ、バレンタイン、ヒルマンなどが持てはやされているが、実は広島は日本で初めて外国人監督を起用したチーム。'75年、監督に就任したジョー・ルーツは、途中退団したものの、前年最下位から優勝を果たし、“赤ヘル旋風”を巻き起こすきっかけをつくった。伝統の猛練習から、量より質の練習を導入し、チームを生き返らせたのである。

 主力選手が故障がちの広島で、適度な休養、中身のある練習を要求するブラウンのやり方は、好結果を呼び起こす雰囲気がある。知識欲も旺盛で、野村克也の選手再生法や操縦術を学びたいと、著書を読破してから日本にやってきたという。3Aで22回退場という熱い顔も持つブラウン。「選手は私の財産。私が守らなければ誰が守るのか」と、キッパリ言う。

 バレンタインには西村徳文、ヒルマンには白井一幸という理解者がパイプ役を果たしているが、広島の場合は、現役当時、ブラウンと4、5番のコンビを組んだ小早川毅彦が入閣した。“大のメジャー好き”の小早川とのコンビで、量より質を高めるため、早速、秋季キャンプから大幅に練習メニューの変更を行った。

 「どこに行ってもベースボールは同じ」

 というブラウンの色が見えてくるのは、これからだ。

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