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幻の世界新記録は、ガトリン伝説の序章か。 

text by

藤山健二

藤山健二Kenji Fujiyama

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posted2006/06/08 00:00

 陸上男子100mで春の珍事が起こった。いや、世界記録が幻となってしまったのだから「珍事」というより「事件」と言った方がいいかもしれない。5月12日にカタールのドーハで行われた国際グランプリ大会でジャスティン・ガトリン(米国)は、アサファ・パウエル(ジャマイカ)の持つ世界記録を100分の1秒縮める9秒76をマーク。'04年にアテネ五輪、'05年に世界選手権(ヘルシンキ)を制したのに続き、念願の世界記録保持者となったのだ。ガトリンは9秒76を示す電光掲示板の前でひざまずき「完ぺきなレースだった。これで私が世界最高のスプリンターになった」と胸を張った。

 ところがその5日後、国際陸連は記録を訂正。実際は9秒76ではなく9秒77だったとして世界新を取り消し、世界タイ記録に“格下げ”した。

 一般に、1万m以下のトラック種目で公表されるのは100分の1秒までだが、測定は1000分の1秒単位で行われている。それによると、ガトリンのタイムは9秒766だったというのだ。ルールでは1000分の1秒単位はすべて繰り上げることになっているが、電気計時を担当した会社のミスでシステムがうまく作動せず、逆に切り下げた数字が表示されてしまったという。まさにぬか喜びに終わったガトリンは、世界新ならば手に入るはずだった13万ドルの特別ボーナス(国際陸連から10万ドル、カタール協会から3万ドル)も失い「とても専門家がすることとは思えない」と不快感をあらわにした。

 今回の「事件」は凡ミス以外の何ものでもなく、ガトリンが怒るのはもっともだが、今の調子なら近いうちにガトリンが本当の世界新を出す可能性は極めて高い。今季のガトリンは冬季練習も順調にこなし、5月6日の国際GP大阪大会でいきなり9秒95の好記録。「今季最初の試合で10秒を切れてよかった。今年は五輪も世界選手権もないので、世界記録を目標にしたい」と自信を見せていた。それから1週間後に再び9秒77を出したのだから、まさに絶好調と言っていい。後半の爆発的な加速は更に凄みを増し、今回のトラブルで「怒りがモチベーションに変わった。9秒7台を2度記録した最初の選手になる」とやる気も満々。人類初の9秒75突破も夢ではなさそうだ。

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