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金メダル16個のバックグラウンドとは。 

text by

藤山健二

藤山健二Kenji Fujiyama

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photograph byTakao Fujita

posted2004/09/22 00:00

金メダル16個のバックグラウンドとは。<Number Web> photograph by Takao Fujita

 アテネ五輪が閉幕してから3週間が経過したが、メダルラッシュの余韻はいまだに続いている。テレビや新聞、雑誌でメダリストの顔を見かけない日はなく、日本にとってはまさに'64年の東京五輪に匹敵する歴史的な出来事だったと言っていいだろう。ただし、同じ金メダル16個でも、そのバックグラウンドはまったく異なる。

 東京五輪当時の日本は高度成長期の真っ只中にあり、選手強化の中心は国内の優良企業だった。選手のモチベーションも「国のために戦う」という意識が強く、科学的なデータに基づく練習よりも汗と涙の根性論がまかり通っていた。日本オリンピック委員会(JOC)や各競技団体の役員や強化担当者にはボランティア精神が求められ、各自の仕事の合間に業務をこなすのが当たり前だった。

 だが、東京五輪でピークに達した日本の経済力は'80年代後半以降、徐々に低下し、やがて企業には赤字覚悟で選手の育成に取り組む余裕がなくなった。不況の影響で廃部が続き、根性論は若者に敬遠され、日本の競技力は急速に衰えていった。そんな状況下で、JOCや各競技団体、企業は競技力復活のために地道な努力を続けてきた。単なるボランティアではなく有給制度を導入したJOCは積極的な活動で強化資金を集め、それを柔道や水泳、レスリングなどのメダル有望種目に重点的に配分した。更に2001年には長年の悲願だった国立スポーツ科学センターが東京・西が丘に完成。時代遅れの根性論から脱却し、最先端の医科学トレーニングを導入した。企業も、選手を社員として雇用して運動部単位で強化する方式を改め、選手個々とスポンサー契約を結び、成績に応じてボーナスを支払うようになった。この少数精鋭主義はモチベーションを失っていた選手たちに再び責任感とやる気をもたらした。今回五輪3連覇を達成した柔道の野村忠宏が所属先のミキハウスから5000万円の報奨金をもらうなど、東京五輪当時には考えられなかった待遇が選手のやる気を支えているのも事実だ。

 アテネでの好成績は一朝一夕に実現したものではない。この結果にただあぐらをかいているだけでは次の北京では戦えない。4年後、8年後に更に多くのメダルを獲得するにはどうしたらいいのか。「常勝ニッポン」への道はこれからが本当の正念場だ。

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