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山男たちの純真さと女のたくましさと。 

text by

稲川正和

稲川正和Masakazu Inagawa

PROFILE

posted2004/09/09 00:00

山男たちの純真さと女のたくましさと。<Number Web>

 前略 平塚晶人様

 最新作『二人のアキラ、美枝子の山』を面白く読ませてもらいました。井上靖のベストセラー『氷壁』のモデルとなった伝説のアルピニスト松涛明と、先鋭的登山家集団第二次RCCの創設者・奥山章、その二人のアキラを結ぶ一人の女性の物語は、山岳ノンフィクションというより、男と女の生き方の異なりを味わい深く感じさせてくれる作品でした。平塚さんの言葉を借りれば、「ロマンを追求する身勝手な男たち」と「地に足を下ろした女」の違い、それはまた早逝する男たちの脆さと、彼らを愛しつつも翻弄されることなく、今も元気に生き続ける女のしぶとさの、眩いばかりの対比でもあります。

 「二人のアキラは、自分のやりたいことのために他人に迷惑をかけまくっているんです。奥山さんはお金にだらしがなく、松涛さんは他人を遭難に巻き込んでしまう。でも、美枝子さんは美学に酔うこともなく、生活が大変になれば皿洗いもするし、自分にできることを地道にやっていこうとする人なんです」

 平塚さんの話を聞いていると、さぞかし素敵な女性なのだろうと想像させられます。他人に迷惑をかけないという倫理観からは凛とした姿が感じられ、また思い込んだら後先を考えずに行動してしまうところは、現代女性の個の強さに繋がっているようにも思えます。

 松涛明が遭難したとも知らず、一刻も早く会いたいと、雪の西穂高を一人で目指したときもそうですよね。『氷壁』では恋人同士という設定でしたが、実際は山小屋で7日間しか会っていないのですから。ご本人は「淡い気持ち」と表現していらっしゃいますが、当時18歳の美枝子さんの乙女心がしのばれます。

 今度の平塚さんの作品が面白いのは、そうした美枝子さんの思いを、平塚さんとの往復書簡という形式で描いている手法にもあります。たとえば松涛明の死後、本格的に山登りを始めた彼女は、奥山章と出会い結婚。その時のことを美枝子さんはこう綴っています。

 〈私がなぜ奥山と暮らすようになったのか。それは今も解りません。少なくとも、松涛さんと奥山を比較するようなことは、私にはまったくありませんでした。そして実際、二人はあらゆる意味で対照的な人間ですから、私を惹き付ける共通なものがあったということもないのです。〉

 通常、こうした整理のつかない感情というのは、取材者を大いに困らせます。これが三人称形式で書かれた文章だったらどうでしょうか。伝説の二人の共通項をなんとか見つけ出し、彼女の気持ちに一貫性を持たせようとするのではないでしょうか。そしてこう考えます。たとえ本人は解っていなくても、きっとこう感じていたはずだ、と。

 そうじゃないかもしれない、と作品を読んで思いました。人間には整理のつかないことなど多々あるし、だから面白いのだ、と。

 「手紙という一人称の独白形式だからこそ、整合性のつかないことでも言い放てたんです」

 と平塚さんは話していましたが、それもこれも美枝子さんという豊かな感情を持った女性が主人公だったからかもしれませんね。

 それにしても、山とどう向き合うのかを真剣に考え、答を見つけぬまま遭難死する松涛といい、癌におかされ、山の写真を枕元に並べて自死する奥山といい、男たちはなんと純真で脆い存在なのでしょうか。それに比べて美枝子さんの力強さときたら……。

 そういえば、今夏のアテネ五輪もなでしこたちの活躍が目だっていましたね。草々

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