NumberEYESBACK NUMBER

パラリンピックの圧倒的ダイナミズム。 

text by

宮崎恵理

宮崎恵理Eri Miyazaki

PROFILE

photograph by

posted2004/10/21 00:00

 アテネ五輪から1カ月後の9月、パラリンピックが開幕。日本はオリンピックに続き、史上最多の計52個ものメダル(金17、銀15、銅20)を獲得した。

 障害は誰にでも起こりうる。今日、交通事故で脊髄を損傷するかもしれないし、明日、難病が発症して視覚を失うかもしれない。生まれた時からという人もいれば、30歳を過ぎて障害を負う人もいる。だから、障害者アスリートは、じつに年齢層が幅広い。これがパラリンピックの最大の特徴と言えるだろう。

 例えば、競泳でアトランタ、シドニーと活躍を続けてきた34歳の成田真由美が、自身のもつ世界記録を次々と塗り替えて、金メダル7個(個人種目。メドレーリレーでは銅メダル)を手にした。また、陸上競技の5000m、400m、マラソンで金メダル(1500mでは銅メダル)を獲得した車いすの高田稔浩は39歳。さらに男子円盤投げの大井利江は、初めてのパラリンピックで銀メダルを獲得。なんと56歳の快挙である。

 競泳の成田は、まさに超人的な記録更新を達成した。自由形100mではシドニーパラリンピックで自身が出した世界記録を5秒、200mでは7秒、50mでも100分の1秒上回る世界新をたたき出している。日常でも車いすで生活する成田は、飛び込みや蹴のびはできない。上半身だけを使い、下半身の水中抵抗を極限まで抑える流れるような泳法を進化させてきた成果である。

 高田は、世界記録をもつオーストリアのトーマス・ガイエルシュピヒラーの走りを徹底的に分析し、車いすという特異性を追求。パワー勝負の400mに照準を合わせてインターバルトレーニングを積み、短距離と長距離種目の両方に通用する筋力を培ってきた。5000mでは、トーマス率いる先頭集団にピタリとはりつき、風の抵抗を最小限に抑えながら体力を温存し、最後の直線でいっきに抜き去った。本勝負、と挑んだ400mでも、もたついたスタートから想像を絶するようなスパートでゴール直前で前に出た。難病のため、冬になるとボールペンをもつことさえかなわぬという手を、スタート直前にあごの下でこすり合わせるようにして必死に温めて、車いすの車輪を回し続けた。高田は5000mと400mでパラリンピック記録を、マラソンで自己ベストをマークした。

 また、大井は2投目で世界新となる24m76を投げトップに躍り出た。その後、世界記録をもつジャマイカのカニンガムが5投目で大井を覆す24m88をマーク。最後の6投目、カニンガムはさらに新記録となる25m18を出し、大井の投擲を待った。大井は、自己ベストとなる25m03を出すも、カニンガムに届かず銀メダルにとどまった。

 大井とカニンガムの一投一投に注がれる観衆の視線とため息。最後に沸き起こったうなりのような大歓声。高田の400mや成田の世界新ラッシュでも同様の感嘆をもって迎えられていた。そのダイナミズムは、例えば、室伏広治のハンマー投げや柴田亜衣の自由形800m決勝のシーンといささかの違いもない。

 驚異的な記録更新は、障害者スポーツにおける競技性の成長過程を示すものではある。競技用の車いすや義足の技術革新とともに、先進のトレーニングで武装した選手たちの伸びしろが、急激な弧を描いて上昇している。それが、観る者を圧倒するのだ。日本ではテレビによる競技の完全中継はなく、ダイジェストで見られただけ。ライブの興奮を共有できないのが、いまだ残念でならない。

ページトップ