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清原、松井稼を育てた名伯楽が西武を去る。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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posted2007/11/01 00:00

 Aクラスを25年間続けていた西武が、今季ついにBクラスに転落した。最終戦終了後、今季限りでの退団が決まった伊東勤監督が花束を受け取る。その陰で、ナインひとりひとりとひっそり握手をかわしていた男がいた。ヘッドコーチとして監督を支えた土井正博だった。

 伊東とともに退団する63歳。清原和博、松井稼頭央を育てた名コーチだが、これでプロ野球人生の幕を閉じる可能性が高い。監督には「選手も必ず恩返しする時がくるから我慢してください」と頭を下げ、成長した選手には「我慢してくれた監督がいるから今があることを忘れるな」と言い続けたコーチだった。

 最終戦が始まる前、直立不動で土井のアドバイスを受ける中島裕之の姿があった。キャンプでは連日の居残り特打に、自らがバッティング投手を買って出た。老体に鞭打って投げ続け、松井稼頭央なき後の正ショートに育てあげていった。

 常にそんな姿勢だから、昔の「教え子」からの人望も厚かった。巨人移籍後、不振に陥った清原は、新人時代のコーチだった土井にアドバイスを求めた。土井は、「自分が手がけた選手がどこのユニフォームを着ていても、活躍すれば嬉しいから」と言い、球団の垣根を越えて指導にあたった。

 「野球が本当に好きなんだよ。出世欲なんてまったくない好人物」と、西武監督時代に一緒に過ごした東尾修は言う。山内一弘、中西太といった打撃コーチに続く、最後の職人気質のコーチだった。

 土井にやり残したことがあったとすれば、大阪桐蔭高の中田翔を育てたかったということだろう。結局は日本ハムにドラフト1位指名されたが、土井は早い時期から中田のバッティングに注目していて、本物という意味で「講道館の黒帯」と評していた。そして土井らしく、厳しくウィークポイントも指摘していた。

 「プロ入りしたときの清原と同じ。インコースの高目が弱いんだ。それを意識するあまり自分のバッティングを崩さなければいいけど、プロのピッチャーは相手のフォームを崩すことから始めるから」

 最後まで人を育てることを生きがいに感じていた。コーチとして教えた選手は500人を超すという。数々の名選手を生んだ名伯楽は、西武の凋落とともにユニフォームを脱ぐ。

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