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有明に突如現出した、
“フェデラー現象”の謎。 

text by

吉松忠弘

吉松忠弘Tadahiro Yoshimatsu

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posted2006/10/26 00:00

 あまりの人の数に驚いた。AIGオープンで初来日を果たした王者ロジャー・フェデラーを見るために、大会7日間通算で7万2386人のファンが押し寄せたのだ。社会現象を巻き起こしたシャラポワでも、こんなことはなかった。'04年に彼女が2連覇を遂げた時が5万5871人。今年は、その数を大きく上回り、史上最多の動員数となった。特に週末の土、日曜は、好天に恵まれたこともあり両日ともに約1万4000人の観客が観戦。通路には座りきれない人があふれた。前売り券はとっくの昔に完売。約2500枚の当日券には長蛇の列で、手に入れるのに2時間もかかったという。その熱狂に応え、フェデラーは見事に優勝し、今季9度目の栄冠を手にした。

 いくら無敵の強さを誇る王者とはいえ、フェデラー目当てに、日本のテニス史に残る大観衆が押し寄せるとは誰も予想しなかった。昨今、巷でテニスといえば「シャラポワ」である。飲み屋界隈では、新聞を片手に「フェデラーって誰?」という声も聞かれたという。報道も、活字媒体の新聞、通信ともに大きく取り上げたが、テレビの食いつきは悪かった。全局が勢揃いした日は1日もなく、フェデラー初戦の日、夜のスポーツニュースが取り上げたのはわずか2局だけだった。

 確かに、一般受けするタイプではないだろう。サービスエースを連発したり、矢のようなスピードを見せたりするわけでもない。なぜ強いのかよく分からないというのが、フェデラーを語る際の常套句だ。大まかに言ってしまえば“打ちたい球種を、打ちたい所に、打ちたいタイミングで打てる”というすごさなのだが、これはあまりに玄人的である。しかし、それでもシャラポワ来日の時の1.5倍程の観客が足を運んだのだ。

 日本では、テニスは「プレーする」スポーツだと言われている。プレー人口は非常に多いが、それが観客に結びつかない。見ることよりも、自分のプレーのために技術を磨く。そんなファンが多いのである。テニス専門誌も、巻頭の特集はほとんどが技術もので、報道よりも売れるという。だからこそ、関係者の誰もが、テニスの観客を増やすためには、テニスファンではない一般の人を取り込まないと無理だと考えていた。

 この数年、本大会も、多種多様のイベントや出店で会場を盛り上げた。4大大会と同じように、テニスを見るだけでなく、会場に遊びに行く感覚を重視し、一般の人を誘い込んだ。その努力は実りつつある。スター選手が欠場した昨年も、観客の落ち込みは少なかった。ただ、それだけでは決して大観衆は期待できない。まして、知名度がないフェデラーではなおさらだ。しかし、あれだけの観客が集まったのだ。その理由は何なのか。つまり、これまで見に来なかったテニスファンが大挙して押し寄せたと考えられないだろうか。史上最強と称される玄人好みのすごさを実感するため、観戦に興味がなかったテニスファンが動いた。そのように考えると納得もいく。逆に、技術にしか関心のないテニスファンが、それほどいたということだろうか。

 日本のテニスにとって歴史的な1週間だった。有明に足を運んでくれた多くのファンに、テニス担当記者として感謝したい。そして、今度はフェデラーやシャラポワがいなくとも、テニスを見に行って欲しい。そのきっかけになれば、フェデラーの初来日も捨てたものではなかったのだと思う。

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