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USオープン、いざ開幕。アガシの雄姿を見逃すな。 

text by

山口奈緒美

山口奈緒美Naomi Yamaguchi

PROFILE

posted2006/08/31 00:00

 今年最後のグランドスラム、USオープンがニューヨークで8月28日に開幕する。1850万ドルという、世界のスポーツ史上個人競技としては最高の賞金総額を誇る大会だ。そんなスケールの大きい舞台を彩る役者たちの中でも、今回の主役候補のひとりはこの人に違いない。テニス界のスーパースター、アンドレ・アガシ。6月中旬に突然の引退発表を行った36歳にとって、これが現役最後の試合になるのである。

 過去2度の優勝、4度の準優勝を経験したニューヨークのセンターコート。強いだけではなく、人情味に溢れ、ユーモアや機智に富んだアガシを迎えるファンの感謝と痛惜の情は計り知れない。

 しかし、冷静に見るなら、今のアガシにとってグランドスラムの2週目に残れば快挙、決勝進出ともなれば奇蹟といっていい。昨年の準優勝も驚異の進撃だったが、あれからの1年という時間が可能性をより狭めている。今年のウインブルドンは3回戦で別れを告げ、その後はロサンゼルス、ワシントンとハードコート2大会に出場したが、前者は準々決勝、後者は初戦にあたる2回戦で敗れた。さらに、近年悩まされてきた背中の怪我もここにきて悪化していると聞く。だが、それでも快挙を信じるには理由がある。

 アガシと最高のライバル関係を築いた元王者ピート・サンプラスという前例がそれだ。'02年、サンプラスは過去に7度制したウインブルドンをたった2試合で去り、一時代の終焉を決定的にした。しかし、その後のUSオープンで31歳にして頂点に立ったのだった。“燃え尽きた”サンプラスは、以来コートに帰って来ることはなかった。

 ただし、アガシは去り際に関してサンプラスと同じ方法を取っていない。引退の予告はアガシらしいセルフプロデュースである。

 「僕を愛してくれた人たちに準備の時間をあげたかった。そして今、僕はみんなに感謝の気持ちを表すために、コートに立っているんだ」

 ウインブルドンで3回戦まで勝ち進む中でアガシは涙を浮かべ、そう繰り返していたものだ。今まさにエンディングの幕を開けるアガシは、観客のアンコールに何度応えることができるだろうか。彼に気負いはない。

 「不意に感じるノスタルジアだけはどうしようもない。でも、USオープンに向けてこれまでと違う準備をするつもりはないよ」

 そのアガシに限らず、USオープンには自国の選手を奮い立たせる何かがある。アガシ、サンプラス世代のアメリカの功績を引き継ぐ存在と目されたアンディ・ロディックも、21歳を迎えてすぐにここで唯一の四大大会制覇を果たした。かつてはロジャー・フェデラーの最大のライバルとも評されたが、今やその座は完全にラファエル・ナダルに奪われている。今大会も、世界1位フェデラーと2位ナダルの今季3度目となるグランドスラム決勝対決が実現するか否かは、見どころから外せない。一方、ロディックは度重なる怪我で苦しみ、置いてきぼりの感だ。たまにメディアを賑わす話題がマリア・シャラポワとの熱愛では、まだ23歳の元王者のプライドが許すはずはない。復活のきっかけを掴むとすればこの場所と信じられているが……。

 世界に不穏な空気が広がる中での開幕となる。ことさらニューヨークの不安は大きい。それでも……いや、だからこそ、人々は美しい奇蹟を見るために今年も足を運ぶことだろう。

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