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《ダート4連勝→日本ダービーへ》2008年のサクセスブロッケンは“ひょっとして”の熱狂を乗せて「脚がひどく曲がっていたので…」【藤原英昭調教師が振り返る】

2025/05/25
前脚にハンデを抱えながらも、デビューから4戦無敗を誇ったダートホースは、芝の競走を知らぬまま大舞台へと臨んだ。だが、そこはかつて砂を主戦場とする同志たちが散った場所――。前例なき偉業への挑戦を、その才能を見出した名伯楽が振り返る。(原題:[ダートからの挑戦者]2008 サクセスブロッケン「“ひょっとして”の熱狂を乗せて」)

 1年前、名牝ウオッカによる64年ぶり牝馬の日本ダービー制覇に酔いしれた東京競馬場。2008年6月1日、今度は蹄跡なき偉業への期待感に満ちあふれていた。

 サクセスブロッケン、単勝3番人気。

 芝の競走を走った経験のない馬がダービーを勝ったことはいまだかつてない。だが、観衆は夢を見ていた。4戦無敗で駒を進めた砂の怪物は芝でも強いのではないか、と。

「出ることに夢があった。ダービーだから。一生に一度だから。もちろんダメだと思って使っていないし、ひょっとするんじゃないかなと思っていた」

 12万人超が埋め尽くしたスタンドから高揚感を胸に管理馬を見守っていたのは藤原英昭調教師。のちにダービーを2勝する名伯楽は当時、開業8年目の気鋭。2週前のヴィクトリアマイル(エイジアンウインズ)でGI初制覇を達成したばかりだった。

藤原調教師「脚がひどく曲がっていたので…」

 出会いは3年前。2005年5月5日に谷川牧場で生を受けたサクセスビューティの2番仔、のちのサクセスブロッケンは生まれつき前脚が外向(外向きに曲がっている)していた。競走馬デビューすら危ぶまれるハンデキャップを抱え、なかなか預託先が決まらない。そんな当歳馬をひと目見た藤原調教師の評価は違った。

「馬っぷりが良くて素質を感じた。脚がひどく曲がっていたのでやってみないと分からなかったが、高嶋哲オーナーと相談して“いけるところまでいきましょう”と」

 初陣には脚元への負担が小さいダート戦が選ばれた。2着に3.1秒差。類いまれな大差で勝利すると、黒竹賞、ヒヤシンスS、端午Sも危なげない圧勝続き。

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photograph by Photostud

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