4年に一度――。ここに人生の全てをかけようかというアスリートもいるタイミングで、森秋彩は人生で初めてのアルバイトを始めた。
筑波大に通う20歳は、すでにスポーツクライミングのパリ五輪代表に内定している。本番までは競技に集中して準備を進めてもよさそうなものだが、「スポーツ界にいるだけでは学べることは限られる」と考えた彼女は今年1月から働き始めたのだ。
「大学に入ってから思っていたんです。中学や高校で部活をやってきた子とか、大学で部活に入ってる人たちの普段の行動や振る舞いを見ていると、やっぱり自分は社会経験が足りてないなと」
一昨年、通信制の高校から筑波大に進んだ。
「周りは一人暮らしをしたり、自分でお金を稼いで生活費を賄っている。でも自分はずっと実家暮らしだし、部活もやったことなくて、社会に出た経験もない。選手として頑張って成績を出していれば、クライミング界ではいろいろとサポートをしてもらえます。練習も大好きなので、むしろやりすぎないように止められるタイプ。怒られることもあまりなくって」
だから競技のことは伝えずに、あくまでも一学生として履歴書を出した。
「職場では『そこは間違っている』と単純にビシッと怒られます。落ち込むこともあるけど、それで心が強くなる。そうやって揉まれるのを求めて入ったんだと思えば、どんな時も『ありがとうございます!』と思えますから」
天才少女と言われるも、突然閉ざされた道。
これまでのオリンピック選手のイメージからはかけ離れた行動。らしからぬ、ということで言えば、幼い頃の森は決して運動神経のいい方ではなかったという。かけっこはいつもビリのほう。球技も得意なわけじゃない。誰もオリンピックに出るなんて思ってもいなかった。
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