王座戦が終わり、藤井聡太八冠が誕生した。私はその時焼き鳥屋でビールを飲んでいた。午前中は雑用をこなしながら詰将棋を解いて、午後は仲間と練習をしていた。棋士にとってもっとも大事なのはいつだって目の前の次の対局である。それでも全冠制覇という事実を前にして、いままで蜃気楼であやふやだった超高層ビルが、突然くっきりと眼前に見えたような感情はあった。そしてそれは、多くの同業者が感じたものと同じこころの動きだったろう。
数日間、洪水のように情報が流れた。そのなかには99%の劣勢からの逆転、というリードの記事も多く、私はすこし違和感を覚えた。あれは、単に永瀬拓矢王座が詰みを逃しただけだからである。
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photograph by Katsuo Kawai(Illustration)