球史に残る金字塔を打ち立てても、冷静だった。「感情が溢れることはない」と本人は言う。しかし、表出せずとも稀代のヒットマンの胸中には、誰よりも熱く滾るものがあるのだ。
晴れの瞬間でも大島洋平はわずかに口角を上げただけだった。8月26日、DeNAベイスターズ戦の第2打席、センター前に打球が弾んだ瞬間、スタンドの観衆は立ち上がった。ゲームが止まり、花束を抱えたチームメイトと恩師らが一塁ベース上の主役に歩み寄る。プロ野球の歴史でも限られた者にしか許されない時間に浴しながらも、彼はポーカーフェイスを崩さなかった。
「昔は2000本打った人をすごいなあと思いながら見ていましたが、いざ自分がやると、ああ、やったなという感じで……。それよりも周りの人たちの反応の大きさにびっくりしてしまいました」
オーダーの先端で淡々とヒットを重ね、涙を流すことも、絶叫することもない。良くも悪くもひたすら平熱を保つ男――それが第三者の目に映る大島である。何しろ野球を始めてから30年以上、数え切れないほどの打席に立ちながら、凡退の後にバットを叩きつけたことはなく、怒りを表現したことすらないという。
「感情が溢れることはないですね。性格もあるかもしれないですし、我慢しますから。悔しいことは多すぎて一つ一つ思い出せないくらいですけど、表には出さないです」
だが、そんな表面温度とは裏腹に、彼が残した数字は不気味なほどの熱を放っている。1787試合での2000本安打到達はプロ野球歴代9位のスピードであり、実働14年目での達成は日本人最速タイ記録だった。数字が物語っているのは野球に対する、一本のヒットを打つことに対する異様なほどの執着である。本人の佇まいと記録との間に巨大なギャップが存在するのだ。
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photograph by Keiichiro Natsume