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[挑戦者の決意]広瀬章人「優しいパパは負けない」

2022/10/06
史上初めて大学生でタイトルを獲得した男も、若手の壁となることを意識する年齢になった。棋士として、そして一児の父として過ごす日々。進化する現代将棋への適応に追われ、慌ただしく子育てにも追われている。4年ぶりの復位を目指す挑戦者に、いまの日常と胸の内を聞いた。

 9月1日、黄昏時。

 もう陽射しは和らいでいたが、不思議なくらい暑い夕刻だった。

「もう少しで着きます」。広瀬章人は通い慣れた住宅街の路上を歩いていく。保育園で待つ長男のお迎え時間。ママ時々パパの日課である。「今日は知らない人がたくさんいるから驚いちゃうかも(笑)」

 額に汗が浮かぶ。小脇にジャケット。シャツは透き通るほど濡れていた。途中、自動販売機でミネラルウォーターをゴトッ。「ホント暑いです」。ぐーっと喉を潤した。

「共働きなのでいろいろ協力しています。子供が家族の中心にいて、一緒にいる時間が長いので研究時間は圧倒的に減りました。自由に過ごした独身時代とは違いますよね」

 生活の変化と苦労を嬉しそうな顔で語る。

「ずっと家にいた新生児の頃は、恥ずかしながら研究に集中できる状態ではなかったですね。って言うと妻に怒られちゃいそうですけど……」

 ようやく辿り着いた保育園。顔を合わせるママたちは広瀬さんちのパパが棋士であることなど知らない。棋界最高位を奪うため、藤井聡太との決戦に臨む男と聞いたら目を丸くして驚くだろう。

「パパ~!」

 11月で2歳になる男の子から無垢な笑みがこぼれた。広瀬は取材陣に愛息を紹介してくれた。

「ホラ、記者さんだよ~、カメラマンさんだよ~。こんにちは~でしょ?」

 数日前、取材依頼をするとすぐに返事があった。「取材の件、もちろん構いません! ありがたい限りです! よろしくお願い致します!」

 無茶な頼み事でも、了解する時は必ず「もちろん」の4文字を付す。小さな優しさが誰かの心を救うことを彼は知っている。

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photograph by Kentaro Kase

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