#1044
巻頭特集

記事を
ブックマークする

[「初タイトルの一手」を語る(1)]佐藤康光「兄弟子が今でも褒めてくれます」

2022/01/21
当時五冠の羽生に挑んだのは同世代の佐藤。過密日程の中、目の前の一局に集中せざるを得ない状況が勝利を呼び込んだ。

 佐藤康光が初タイトルの竜王を獲得した1993年は、将棋界が激しく動いた一年だった。春に米長邦雄が中原誠を破って悲願の名人位に就き、夏には羽生善治が棋聖と王位を得て五冠に躍進。全七冠制覇への道筋が見えてきた時期に、羽生が持つ竜王に挑んだのが佐藤だった。

 この年が特に印象深いのは、夏に筆者が奨励会に入ったからだろう。七番勝負がシンガポールで開幕したことを伝える当時の『将棋世界』誌に初めて自分の名が載った。15歳6級、5勝3敗と凡庸だったが、誇らしい気持ちで何度もこの号を読み返した。

 あれから30年近くが経ち、将棋界は様変わりした。七冠を達成した羽生は現在無冠。平成の終わりに藤井聡太が登場。佐藤は日本将棋連盟の会長を務めながら、トップクラスで戦い続けている。私は奨励会を退会したあと、彼らの将棋、生き様を伝える職業につくことになった。

 盤を挟んで向き合った佐藤は記憶力がよくないからと言いながら、第6期竜王戦についてまとめた書籍を取り出した。

「実はタイトルを取る、取りそうになったときの高揚みたいなものはあまりなかったんです。竜王戦の挑戦者になる3年ほど前に王位戦で谷川浩司先生に挑戦したあとはタイトル戦に出られていませんでしたし、順位戦も停滞していました。ですので現実的に、自分が羽生さんを止めてやるというほどの気負いはなかったと思います」

 当時の佐藤は実績こそ不足していたが、実力的には森内俊之とともに、羽生、谷川の二強に続く存在と見られていた。挑戦者決定戦でその森内を破って五冠の羽生に挑むのだから、必勝の気合いをもって臨んでいただろうと勝手に思い込んでいた。

会員になると続きをお読みいただけます。
オリジナル動画も見放題、
会員サービスの詳細はこちら
特製トートバッグ付き!

「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています

photograph by Hirofumi Kamaya

0

0

0

前記事 次記事