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[チームメイト、監督が語る]横浜高校「背番号1を追いかけて」

2021/11/06
1998年に春夏甲子園完全制覇を成し遂げた横浜高校野球部。真夏の決勝戦をノーヒットノーランで締めくくった背番号1は、甲子園のマウンドから一躍スターダムの階段を駆け上がった。プロでもチームメイトとなった戦友、ベンチから送り出した恩師、エースを救った練習パートナーは、その姿をどう見つめていたのか。

 16年に及ぶ後藤武敏のプロ野球の現役生活、その始まりと終わりには忘れられない松坂大輔の言葉がある。

 横浜高校から法政大学を経て2003年、西武に加わった後藤は開幕スタメンに抜擢される。一塁に向かう後藤に、先発投手の松坂から「頼むぞ!」という声が飛んだ。

「ぼくのプロ野球人生は、あのひと声から始まったんです。同時にポンと背中を押された感触を、いまでも忘れていません」

 そして15年後、DeNAでの引退を決め、会見を翌日に控えた夜、後藤が自宅でテレビをつけると甲子園で投げる中日、松坂の姿があった。復活のシーズン6勝目を挙げた彼は、マイクに向かって噛みしめるように語った。

「(引退する)彼らの分も気持ちを込めて、ぼくはもう少しがんばるよ」

 それはまぎれもなく高校時代からの仲間、後藤に向けられた言葉だった。

「その日は松坂の誕生日だったんですが、まさかそんなこと言うなんて……」

 後藤は絶句し、涙が止まらなくなった。

 振り返ると松坂は、その言葉や表情によって仲間を救い、奮い立たせてきた。

 延長17回に及ぶPL学園との激闘のときも、そうだった。

「あの試合、ぼくは全然打てなくて、バントも失敗。暴投までしたんです」

 ホテルに帰り、部屋に戻った後藤に、すぐさま電話がかかってきた。いつもと変わらぬ、松坂の穏やかな声が聞こえてくる。

「全然気にしなくていいからね。ごっちゃんの力が必要だから、明日の試合も頼むね」

 疲労困憊の中でも仲間を気遣う、そのやさしさが胸に沁みた。巻き返しを心に誓った後藤は、翌日の明徳義塾戦で3安打を放ち、大逆転勝利の立役者となる。

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photograph by Yoshihiro Koike

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