2008年北京五輪と同じく、決勝の相手はアメリカ。マウンドに立つのは背番号17の絶対的エース。あらゆることが13年前と酷似していたが、ひとつだけ決定的に違うことがあった――。
決勝戦の最終イニングが始まろうとしていた。宇津木麗華は隣にいるコーチと言葉をかわすと、小さく頷いてから球審のもとへ向かった。6回裏に降板させた先発の上野由岐子を再びマウンドに送るためだった。
「勝つために最後は上野の精神力で締めにいく。それは上野しかできないことですし、彼女のことは18歳のときから見てきて、自分が一番よく知っているから」
上野もまた告げられるまでもなく立ち上がり、マウンドに向かった。
「これが自分の背負っているものだと考えていました。このマウンドに立つために13年間いろいろな思いをしてきたので」
相手はアメリカ。2点リードの最終回に上野がマウンドに立った。あらゆることが13年前の北京オリンピックの夜と酷似していたが、ひとつだけ決定的に違うことがあった。それはチームにおける上野という投手の在り方だった。
北京のマウンドに立った当時の上野は自らの胸に多くの願いを抱えていた。
「世界で一番速い球を投げたい」
「世界最強のアメリカを倒したい」
「金メダルを獲りたい」
そして準決勝から3位決定戦、決勝の3試合をひとりで投げ抜いた。2日間に投じた413球で幼いころからの夢を叶えた。
それに対して2021年の上野には個人的な渇望が見当たらなかった。いや確かに抱えているものはあるのだが、それは他者の願望であるように見えた。
「誰かのために投げたい。みんなの期待に応えたい。ただそれだけです」
上野は北京のときとは別人だった。
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photograph by Naoya Sanuki/JMPA