リオでの栄光の後に長く苦しい不振の日々を過ごした。一度は水泳から離れ、カムバックを決めた“水の王者”。己の心中と泳ぎとを見つめ直し、3度目の五輪を迎える。
2019年11月、萩野公介のドキュメンタリー番組を作るため交渉を続けていた我々NHK取材班の密着取材が認められることになった。極度の不振から一時休養した萩野が復帰を宣言してから5カ月が経っていた。取材方針を相談しようと練習拠点の東洋大学のプールを訪ねたとき、平井伯昌コーチからこんな提案を受けた。
「目標と目的の違いを取材のテーマの1つに置いてほしい」
それは平井コーチが常々、萩野に問いかけてきたことだった。金メダルをとることは“目標”、では“目的”とは何か。さっそく本人に聞いてみた。「その答えが見つかった時が引退だと思います」と、その時の萩野は答えた。
年が明けて'20年1月、3カ月後に予定されていた東京五輪代表選考会の試金石となる大会が行われていた。エントリーしていたはずの萩野の姿は、そこにはなかった。ブランクを取り戻そうと年末年始の練習で自身を追い込んだ結果、体調が悪化して棄権。厳しい練習を続けると体が悲鳴を上げ、まだ本調子にはほど遠かった。
大会期間中で閑散としている東洋大学のプールに向かうと萩野の姿があった。「とぼとぼ泳ぐだけですよ」と寂しく笑いながら、練習の合間にポツリと話しかけてきた。
「沖縄とか、いろんなところに住んでみたいですね。性格も変わりそうですよね」。私が「のんびり屋さんになって、速く泳ごうとは思わなくなるかもしれませんね」と返すと、「それはそれでいいかもしれませんね、何が正解かなんてわからないですから」と萩野はつぶやいた。まだ“目的”は定まっていないように感じた。
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photograph by Takao Fujita