椿事だった。2016年の5月。東京の池袋演芸場での一幕である。
紙切りの林家正楽が飄々と登場する。いつもの文句。
「ご注文をいただいて切りましょう」。タクシー会社の経理担当の男性が叫んだ。「ゴロウマル」。このほど今季限りでの引退表明、ラグビーの五郎丸歩である。
さすがプロ。「無理だと思います」なんてぼやきながらハサミを動かせば、見事、白い紙の姿が黒の背景に浮かんだ。もちろんゴールを狙う仕草である。「どうぞ、おみやげでございます」。家宝の誕生。ついにラグビー選手が伝統芸能のレパートリーに加わった。
その前の年、忘れもしない9月19日。英国のブライトン。ラグビーの日本代表は南アフリカ代表スプリングボクスをワールドカップで破った。競技史上最大級の番狂わせ。背番号15の五郎丸はトライを挙げ、あの印象的なルーティンに則り大切なプレースキックを決めた。34-32。ひとりで24得点。ヒーローはたちまち、まさに一夜にして列島のスターとなった。
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photograph by KYODO